●地震前後の身の回りの出来事まとめ。
昨日の13時ころJR新宿駅から電車に乗り、帰ってきました。
一夜を共に過ごしたタテヨコ企画の市橋朝子さん。
朝子さんと会社の方、本当にありがたかった。
覚えている範囲で地震前後のこと。
3/11(金)15時前
東新宿の職場(ほぼ新築ビルの5F)で仕事中でした。
同じ部屋に20代~30代のメンバー40~50人位いて、みんな電話のデスク仕事。
あっ、と揺れ始めた時、数日前に何度か小さな地震があったのでそのことを思い出す。
あ、揺れてるなー。
と思ってとっさに窓を開けた。私はそのまま立っていた。
最初は余裕な表情でみんな「あっ地震」と口にしたり、仕事をやめて静止していた。
徐々に揺れがひどくなって、ヤバイという全員の思いが伝わり、学校時代にやった避難訓練が頭をよぎり、次々に机の下に潜る。
棚の上の細かいものが落ちだす。
同じ列にいたのは私の他に同じチームの男の子と女の子二人。
3人で机の下で顔を見合わせて揺れを見守る。
更にでかい波が来て、真ん中にいた男の子が両端の女二人の手を握る。
死ぬのかもという思いがよぎる。
泣き叫びそうになるのを、二人の顔を見て必死に抑える。
どのくらい耐えたか分からないが、揺れがおさまり、机の下から出る。
同じ部屋のみんなの顔を見て安堵する。
リーダー達が率先して「外に出ましょう」と誘導する。
普段使っているエレベーターではなく階段を使う。
階段は通常セキュリティの関係でカードをあてて開け閉めするドアがあるが、閉まらないように椅子で固定する。
みんなで外に出る。
会社の向かいは建設中にマンション、現場のおっちゃんたちが10人くらい、不安そうにたまっている。
同じビルの別の会社の人たちが降りてこない。
うちらだけ心配しすぎなのではと思う。
しばらく会社の外、1階のエントランスにいたが、らちが明かないので「戻りましょう」という指示が出るが「え、仕事するってこと?」という疑問がわきあがる。
「違う、とりあえず戻ってそこで指示出すから」
降りた階段5Fを今度は上がる。
上がる時に他の階の会社の人たちが今度は降りて来てすれ違う。
5Fに戻る。
別の部屋の男の子が「机の上のパソコンがずれまくって落ちて来そうだった」と格闘したことを教えてくれた。
いやーすごかったねと話し始めたら、戻って来たばかりなのにまたでかい揺れが来た。
元の席のところで下にもぐろうとしたが、誰かが「そっちの席ストレージあるから危ない!」と言ったのを聞いて、大きな棚のない方の机の下に逃げる。
またそこでしばらく揺れがなくなるのを待つ。
泣いてしまった女の子と、それを慰めるチームメイト。
「やっぱり外へ」
という指示が出て、また階段を下りる。
外へ出てそのまま近所の小学校校庭へ避難する。
移動する道の途中で、工事現場の作業員のヘルメットの男性達が列に加わる。
巨大なクレーンをつかった工事が行われていたので、そこの人たちのようだ。
300人位はいた。
校庭に集まってしばらく誰かからの指示を待つ。
防災ずきんの小学生たちもいる。まだちょうど下校前だった。
学校の放送室からだろうか、集まった人たちへの放送が入る。
しばらく待機。
一緒に潜った3人で行動する。
震源地が宮城という情報をネットで確認する。
チームメイトの女の子の実家のある方だ。
夫が高速バスで名古屋へ移動中なので心配で電話するがつながらない。
自宅の義父に電話をしたがつながらない。
市川の実家にもつながらない。
夜もういっこのバイトに行くはずだったので、店はどうなのか連絡したがつながらない。
困ってツイッターをひらく。
最近の書き込みがある。
試しに書き込んだら送信できた。
使える。
チームの男の子がワンセグを見始める。
津波のものすごい映像が入って来る。
まるで信じられない。
校庭のトイレを借りる。
またぞろぞろと会社に戻る。
戻る途中、学校の壁の破片が落ちているのを見つける。
16時頃
解散し始める。
どのように今日一日を過ごすかを考える。
会社の電気が落ちている。
エレベーターホールへ行くと壁紙がはがれている箇所があって、誰かがはがしたのかと近づくと、横一直線に2列ヒビが入っているのが分かる。
水道の水は出る。
でもいつもセンサーで水が勝手に流れるトイレで、電気スイッチも利かない。
手動レバーがないのでトイレの水が流せない。こんな時は便利が困る。
階段で8Fの屋上へ行く。タバコが吸いたい。
電気が止まっているせいか、トイレからなのかものすごい匂いがする。
昨日禁煙を宣言したのだが早くもタバコを吸う。気が紛れない。
屋上から町を見る。
別の建物は停電していない。うちのビルだけのようだ。
屋上のものものしい機械からフルスロットルで何か動いている音がする。
発電の音なのだろうか。
そろそろ携帯の充電が危ない。
コンビニで充電器を買おうと思ったが今日はお金を使う予定がまったくなかったので、1000円しか財布にない。
優先順位を考えてまず充電器はあきらめる。
同僚たちが歩いて家に帰ると言い出す。
荻窪へサンダルで帰った子、池袋の友人の家へ帰った子、とりあえずファミレスへ行った数人、会社にとどまった人、自転車でもう一つのバイト先へ行ってみると言った子、様々に分かれた。
情報が入って来ないので、とりあえず新宿駅まで歩こう。
途中でなんとか電源がとれるところをと思い、通り道にある新宿文化センターに入る。
ロビーは落ち着いた雰囲気で、人が休んでいる。
トイレで電源をお借りすると、夫から電話が来る。
無事のようでよかった。高速バスの中でまったく誰も揺れに気がつかなかったそうだ。
独りになるなとアドバイスをもらい、電話を切る。
新宿で銀行によるとATMはガラガラだった。
アルタ前から道路渡って駅に入ると、大勢の人が階段や道の両脇に座り込んでいる。
情報がない人は改札まで向かう。
立て札がいくつか見える。
『地震のため全ての電車は運転を見合わせております。本日中の運転再開の見込みはたっておりません』
絶望する間もなく、会社に戻るか、歩いて大田区まで帰るかを思案。
電池のなくなりそうな携帯で数か所電話するがやはりつながらない。ツイッターに新宿に今いる友人の情報がいくつかあがった。ツイッターだけが頼り。
19時ころ
電源を切らせないようコンビニを数件回るがすでに充電器がない。
ビックカメラも長蛇の列であきらめる。
ビックカメラ前の公衆電話もすごい列。
夜のバイト先の新宿支店の前を通る。
恥を忍んで電話を借りようと思ったが、すでにビルが閉まっていて入れない。
しばらく歩き伊勢丹に公衆電話を見つけ、列にならぶ。
市川の実家に電話がつながる。無事のようだ。
数件目のコンビニで充電器が見つかる。
レジの女の子が袋に入れようとするので、すぐ使うからパッケージから出して下さいとお願いする。
「大変ですね」
と励まされる。名札を見ると中国人の子だった。きれいな日本語。あなたもだろうにと思う。
携帯を充電しながら店の前の公衆電話の列に並ぶ。
一人が何件か掛けるのを静かに待つ。
自分の番が来て、やっと夜のバイト先につながった。
新宿店と同じく今日は店を閉めたとのこと。
ツイッターで新宿御苑にいるというタテヨコの朝子を頼る。
車も人も半端ない数で、方向を見失う。
交番のお巡りさんたちが全員出て来て道案内をしている。
御苑の方向を聞いて駅に向かう。
19時半ころ
朝子に見つけてもらう。
近所のコンビニに寄るが弁当コーナーはすでにからっぽ。
カップラーメンはいくつか残っている。
大量に残っていたのはゼリーだけ。
カップラーメンをひとつ持ち歩いていたので、何も買わずに出る。
会社に入れてもらう。安心。
会社には朝子の他に社員さん二人。
ヨーグルトをごちそうになる。お茶を入れて頂く。
テレビもネットも毛布もあって、本当にありがたかった。
安否情報を見る。
余震が何度も来る。
20時ころ
メールが数件一気にくる。
窓から下の道路を見ると、両車線車がびっしりで全然進まない。
新宿御苑が門を開けている。
妹が池袋から蕨まで歩いているらしいと知る。
21時半ころ
秋田から停電の知らせをもらう。蝋燭で過ごしている写メあり。
22時ころ
大田区のうちから電話がくる。やっと義父の声を聞く。
妹が家に着いたとのメールあり、テレビが壊れていたとの報告。
3/12(土)0時ころ
地下鉄や小田急が復旧しだし、夜通し運行するニュースを見る。すごい。JRは復旧しない。
2時か3時ころ
棚を机で押さえ、毛布を敷いて、タオルを首に巻いてコートを来て横になる。靴ははいたまま。
有事の脱出シミュレーションを二人でして、テレビをつけたまま少し眠る。
4時ころ
新潟・長野の地震の余波で揺れ、驚いて目が覚める。
サンドウィッチマンが気仙沼から逃げたニュースをネットで見て、サンドウィッチマンのブログを読んで励む。
一夜明け、帰ろうかどうしようか二人で思案する。
7時ころ
タテヨコの舘さんが新宿から小田急線に乗ったとの連絡を受ける。
交通情報をひたすらチェック。
節電のニュースを見てカーテンを開け、暖房を消す。
11時ころ
気分転換に朝子とスーパーに買い物に出る。
町は静かだ。
通り道、建物の掃除をしている作業員を見かける。
いったん通り過ぎてから「大間さん?」と声を掛ける。
大間さんだった。嬉しくなる。
自転車で掃除のバイトに来たとのこと。
昨夜は川越街道が表参道並の人通りだったと。
同じ職場の稲川さんも菅間さんも無事だと聞く。
スーパーでお弁当を買う。いくつかの欠品もあるようだが普通に営業している。
戻ってご飯を食べる。
流された船から81人救助されたニュースを見た途端、嬉しくて朝子と一緒に泣く。日本はすごい。
そして私達なんて恵まれている。
13時ころ
発起して帰り仕度、ビルを出る。
朝子と新宿駅へ。
開いている店、閉まっている店、様々。
共に別々の電車で帰路。
山手線は内回り(新宿から品川へ行く方向)だけ動いている。
10分くらいホームで待つ。
みんな整列している。いつもの風景だが、飛び乗る人はいない。
急ぐ理由は誰にもない。
無事に蒲田駅に着く。
ビラ配りの兄さんが一人いる。
駐輪所から自転車を出す。1泊分の延長料が掛かる。
ゆっくりと帰宅。
家の裏の多摩川土手へいくと、日差しが暖かく、鳥が2羽戯れている。
人がゆっくりとくつろいでいる。
ジョギングする人もいる。
義父、義母に会う。安心。
16時ころ
名古屋にいる夫から電話。
新幹線が動いているので帰れるとの連絡。
20時ころ
夫が川崎に到着。
以上が地震から昨日の夜までのおおまかな出来ごとです。
知り合いはみんな無事ですが、宮城や福島が実家の知り合いも沢山いて、今現在もまだまだ安否がわかっていないようです。
今後もツイッター等で状況を見守り、連絡したいと思います。
励ましあってがんばろう!!




