●タテヨコ企画、よかった。
フラミンゴの夢、を観ました。
楽日の夜でした。
やっぱねえ、役者が魅せてくれる舞台っていいよね。
いい舞台に必要なのはいいストーリーじゃなく、いい台詞じゃなく、
まぎれもなく
役者
すなわち人間です。
いいストーリーやいい言葉を味わうなら本や漫画を読むよ。
でも舞台で違うのは、そこに、その時生きている人間がいるってことだよ。
だから、役者は少しでもその事件が舞台上で初めて起こっていて、初めてそれを体験しているんだという風に、自分を持っていく訓練をするんです。
稽古で。
それには、TVや映画や学芸会のような舞台なんかを観て染まっちゃって、演技に対する先入観でガチガチになっている頭、を柔らかくほぐして、自分にどんなクセがあるのか、それと限界まで向き合わなきゃいかんわけです。
少なくとも、あたしが観てきたNEVER LOSEの稽古場はそうだ。
つまんないなあ~と思う芝居の大抵は、役者の自意識を殺せない、どういう風に台詞を言って、動いて、っていうのを全部決めたとおりにしかやっていない、演出家が役者の本当のよさを引き出せていない舞台です。
あたしゃサンボマスターの歌い狂う様が大変素敵だと思うんだけど、それって自分がどう見えるかを考えないで、やっぱ誰かのためにやってんだなと思う。
相手がいて、そして自分がいる。
相手の動作があって、そして自分の動作が決まる。
うろ覚えだけど大河ドラマで昔、伊達正宗見ててさ、渡辺ケンが妻役の、紺野みさこだったかな?に、聞くんだよね、
「両手を叩くと音がするが、これはどちらの手から出ているのだ?」
みたいなことを。で、そうすると妻は、
「両方から音が出ているのではないですか?」
と不思議そうに言うんだよね。それを聞いて正宗は目からウロコ状態で喜んでいたわけで。
つまりさ、一人で頑張ったってしょうがないわけですよ。
相手の言葉を聞いて・・・そこで初めて気持ちが生まれる。
台詞があって、それに気持ちを乗せるんじゃないんだよ!!
気持ちが生まれて、だからその言葉が出るんだよ。
もしくは、言葉を口にして初めて自覚して、気持ちが生まれるんだよ。
そうやって緻密に緻密に頑張って、ワンシーン作るのに何時間も何日もかかって、やっと嘘のないお芝居は出来上がるわけです。
だからさ、先日あたしが見た別のお芝居について、感想の書かれている掲示板などを見た時に、
「あそこの台詞が考えさせられた。」
というのがあったんだけれど、意味とか仕掛けとか教訓とか、へーとかふーんとか思うものは、感心して終わりです。
そんなものにあたしはまるで興味がない。
考えるな、感じろ。
と、少し乱暴に唱えたくなる。
そのとき、役者の、心は、本当に、動いて、いるのか?
あなたは、そこに、感動、したのか?
改めて、タテヨコよかったです。
もっともっと身を削って欲しい。
そんなお芝居を観ると、なんだか不思議と、優しくしてもらっている気持ちになりました。
役者が舞台上で輝かないでどうするんだ?
演出家が輝かせ方を知らないでどうするんだ?
そんなことを熱く思う夜があったっていいじゃないか。