●劇評

NEVER LOSE 『4人の為の独白。』

☆2006年11月12日 13:00〜 千種文化小劇場
☆366.0プロジェクト スペシャルアクト4×2
☆NEVER LOSE 『4人の為の独白。』

 NEVER LOSEは、主宰の谷本進と作・演出を手がける片山雄一が中心になって活動をする東京拠点の演劇カンパニー。
「演劇を知らない人達に観てもらいたい」「演劇に対する概念を変えたい」「向こうが劇場に足を運ばないのなら、僕らから会いに行こう」そんな考えから、普段はクラブやライブハウスでも上演を行っているという彼ら。名古屋初上陸の作品は今回が初めての劇場公演だという『4人の為の独白。』で挑んだ。
自らのことを「媚びず、悪びれず、現状を打破して前に進もうと、もがき続けるストイックな演劇集団」だと名乗るこのカンパニーのネットワークには、アパレル業界や音楽関係者にも強いフレンドシップがあるのだという。クールでスタイリッシュな印象のメンバーたちには、どんな想いがこもっているのであろうか。

 真っ暗な舞台に、爆音が響き渡る。…ガンガンの、ロック。どのくらいであるかは分からないが、かなり長い間この暗闇と爆音の状態が続き、突然止まる。「シーン」と、静寂が耳を襲ってくるような感覚に、どうしようもない不安を感じはじめるころ、明転。千種文化小劇場の円形舞台に、ふたりの男が入って来る。ひとりはパイプイスの背もたれに腰をおろし、もうひとりは地面にすわる。長い長いセリフが、叫ぶような悲痛な発声ではじまるのだった。
 ひとり目の男は自分に起こった出来事を叫ぶように話している。しかし視線はすわっている男には向いておらず、口調も何だか不自然である。告白のような叫びが怒りに変わり、9・11事件での個人的衝撃、ヴァーチャル世界でナンパするどうしようもない自分自身などを語っていく…そう、これは誰かに話しているのではなく、彼自身の「独白」なのであった。
あまりにも激しく叫ばれるセリフに翻弄されて、観客ははじめそれが独白だとは理解出来ないのであるが、ふたりの男のスレ違う言葉の方向に、それが叫びに変わるほどのエネルギーを秘めた独白だと再認識する。身体の不思議…とでも言えば良いだろか。激しく叫んでいる役者の身体に、悲しいほど切ない静寂が浮かび上がってくる。演劇でなければ成立しない、身体という共通媒体を持たなければ感覚的に理解出来ない状況が展開されていく。

 主宰の谷本をはじめ、演出の片山は『僕らは名古屋だろうが東京だろうが、あまり問題にしていません。』と言い切る。現にかれらは東京以外に岡山などでも活動の輪を広げ、理解者を確実に増やしている。これは筆者の独断的な感覚に拠るかも知れないが、パイプイスで叫んでいた男の独白「周りを見渡せば情熱だけで東京に来たような田舎連中ばっかで、−中略−俺、邪魔者じゃん!」というセリフの裏に、彼らが意図せずして自らに現代社会の一端を投影しているように思えた。
 男は東京に住んでいるのであったが、地方出身者であふれた所属の専門学校に馴染めず、退学する。一見このセリフは地方出身者を軽蔑したような言葉にも受け取れるが、男の立場にたって読み取ると、ゾッとするような不安が底流にひそんでいると気付くのだ。
自分の住んでいる場所(彼にとっては東京)が、どんどん他者によって浸食されていく恐怖がそこには流れ、オリジナルの不在に戸惑う自分がいる…翻って見つめ直せば、現代社会は「日本」という私たちひとりひとりを繋ぐオリジンを見失っているとは言えないだろうか。何が日本らしくて、どういう者が日本人らしいと言えるのか…。
NEVER LOSEというカンパニーが、拠点にこだわらず活動を展開しているのは、「オリジナル」という既成概念さえ越えていこうとする彼らの熱い情熱なのかも知れない。

 アフタートークでの片山と谷本の言葉が印象的だ。筆者の鑑賞した回は劇場の客入りが伸びていなかった。そんな客席を眺めて「…コレが、名古屋の現実です。」と片山は言い、その後で、谷本は「…ココが、名古屋の真ん中だと思って今日は来ました。バクダンを、落としました。」と想いを述べ、両者の間のバランスの妙がにじんでいた。

 NEVER LOSEという熱が、名古屋にも飛び火することを願いたいと思った。

文責/Arts&Theater→Literacy:かめだけいこ

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NEVER LOSE 「四人の為の独白 ver.7.0」

矢野靖人氏(shelf)より、NEVER LOSE「四人の為の独白」への1万字に及ぶ劇評を頂きました。
矢野さん、ありがとうございます。

NEVER LOSE 「四人の為の独白 ver.7.0」
◎辺縁を目指す孤独な精神
 矢野靖人 (shelf主宰)

本文は
【「マガジン・ワンダーランド」(小劇場演劇とダンスのレビューマガジン)】に載っています。

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NEVER LOSE 『タバコトーク』

☆『タバコトーク』
☆2007年06月07日(木)〜10日(日)
☆アトリエ春風舎

 <ちょっぴり苦くて懐かしい、男の子たちのロック・キャンディ>

 すっかり通り過ぎてしまって、もう忘れかけたような感触。それはハイティーンの頃に通った校舎の影のひんやりとした冷たさかも知れないし、いつの間にか擦りきれて、肌触りが気になっていた制服のそで口かも知れない。楽しかったのと同じくらいの不安定さを抱えていたころの少年たち…。愛しくて、どこかバンソウコウを?したあとの傷口みたいな男たちが登場するのがNEVER LOSE の 『タバコトーク』 だ。

 ひと昔前、50年代の音楽やファッション(オールディーズ)が流行した。その時代を知っていた世代も、知らない世代も、あの時代特有のゆったりとしていて、それでも洗練された雰囲気を愛した。大人になりきる前の、少しだけ尖った不良少年たち。人々はそんな彼らに、今は失いつつあるゆったりとした時代の流れと、不良になることがカッコ良かった美学を懐かしみ、憧れを抱いた。いずれは“大人という良い子”にならなければならない、その少し前。束の間の時間を当時の人は不良と呼んだのだろう。逃れられない未来に不安を覚えつつも、ほんの少し反抗することで大人になる準備することが許された懐の大きな時代。

 この作品は、カフカの『変身』をモチーフに、少年がある朝起きたらオジサンになっていたという、NEVER LOSEらしい設定が絶妙。疑うことなく大人になっていくことへの、彼らなりの反抗が作品になったのだろう。かわいい女の子に点数をつけたり、初体験を争うなど、誰でも通るちょっぴり青臭いエピソードが、大音量のロックと燻らされるタバコの煙で一瞬の閃光になって、闇へと還る。

 かつて少年だった大人のあなたにも、現役バリバリのチェリーボーイにもおすすめの作品。見終わったころ、ビール片手に卒業アルバムを開きたくなるかも、知れませんよ。もちろん、かわいい女の子だったあなたにも、今も変わらぬ少女のあなたにも見ていただきたい作品です。

Arts&Theater→Literacy かめだけいこ。

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NEVER LOSE『タバコトーク』

NEVER LOSE 「タバコトーク」

演劇ライター・山田ちよ様より、NEVER LOSE「タバコトーク」への劇評を頂きました。
山田さん、ありがとうございます。

NEVER LOSE 「タバコトーク」
◎追憶を促すツールとしてのカフカ風変身か
山田ちよ(演劇ライター)

本文は【「マガジン・ワンダーランド」(小劇場演劇とダンスのレビューマガジン)】に載っています。

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☆山田ちよさんのブログ「まちと表現、そして劇場」
http://blog.goo.ne.jp/tuhat/
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『廃校/366.0』劇評が新聞に掲載

3月に千種小劇場で上演された『廃校/366.0』名古屋公演の劇評を2007年3月24日の中日新聞に掲載していただきました。
どうぞ、こちらからご覧ください。
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