アニマル浜口さんがテレビで昔自分が所属していて、25年前に崩壊した国際プロレスの足跡が見られる秘蔵DvDが発売される為ゲストで番組に呼ばれていた。やっと国際プロレスが再評価された。 「おぃ!京子」と必勝のハチマキをしてオリンピックとかの女子レスリングには欠かせない人であるが。 俺の子供の頃は、新日本プロレスと全日本プロレスがメジャーだった。それに比べマイナーな存在だった国際プロレスのプロレスラーだった。団体が潰れてアントニオ猪木率いるメジャー団体に吸収され上がるようになった、典型的なやられ役で引き立て役だった。 猪木と1対3でやらされたりしていた。悪役で ファンから罵声浴びたり物をよくなげられていた。でも彼はスネル事もなく、卑屈にならず腐らなかった。いつもどんな時でも声をだして目一杯戦って印象に残った。 その彼に現状に満足してなかった当時中堅だった長州力(もちろん小力じゃないよ)が声を掛け革命軍が出来た。それから維新軍となり飛躍しジャイアント馬場の団体にも
行くようにもなる。 当時最強と言われたジャンボ鶴田とやった試合に負けるが、大声でくやしがり「負けたぁ!ちくしょう!ちくしょう!」と叫んでいた。俺は中学生ぐらいだったが、びっくりせずにいられなかった。 解説の馬場がこういう選手がうちの団体にも欲しいといっていた。練習ではいつも大声だして熱心にやっていたらしい。そして金で動かず信念を貫いて引退した。だが 盟友の長州力が悩んで元気が無くなった姿を見ていられなくなり、復帰する。「気合いだ!燃えろ!」とはその時出てきた。 浅草にアニマルジムを作り、入門を断れたレスラー志願者を育て第一線で活躍する選手をたくさん送り出している。俺は生き様に感動し、当時やっていたハードコアパンクバンドでライブに出る時はアニマルジムTシャツを着て出たこともある。娘をレスラーに鍛えだした時も周囲は冷ややかで笑っていた。 しかし ずっと諦めず、同じメニューで娘と練習していた。 俺は少女時代からしっている浜口京子が世界チャンピオンになった時は泣いてしまった。周りの目を気にせず、愛を与える姿に本当にい
つも感動させてもらう。 俺は娘を持つ父親になれたら、アニマル浜口さんを見習いたいと思っている。 国民的に有名だった、猪木や馬場よりも25年たった今や浜口の方が認知されている。 俺が子供の頃はもっともバカにされていたおじさんが60近くなっても夢に挑戦し続けている。 彼の姿勢や言葉に嘘はない。 気合いだ!おぃおぃ!十連発。 わっはっは!十連発。 見てると元気が出るね。 俺は知ってるけど、世間が騒ぐずっと前からあんな感じで変わらずやっていた。 俺は娘をスパルタでレスラーにしないと思うけど、 間違い無くあこがれの父親だし男だね。
コメント (1)
僕の父親はアニマル浜口そっくりです。
僕の兄の結婚式でも、僕の結婚式でも、
「気合いだ!おぃおぃ!!」10連発やってくれました。
僕のふるさとは父の背中です。
投稿者: 横田剣太郎、神闘歌dj | 2007年02月17日 23:33
日時: 2007年02月17日 23:33