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追悼ライブ

4月26日は静岡県浜松市にあるその筋では知られているライブハウスGーSIDEで、昨年夏に急死した偉大なギタリストであるチェルシーさん(デスサイド.ペイントボックス.エクスキュートなどで活躍)を追悼する為に、静岡県内や京都から新旧ハードコアパンクのバンドが18も集まってライブイベントが行われた。

俺は地元の先輩から紹介され生前一度だけチェルシーさんと話をしたことがある。

前からのこのコラムの読者なら知っているけど、俺が携帯電話を岡山に初公演に行く前洗濯機で洗ってしまい使えなくなった話をチェルシーさんにしたら、復旧の仕方を教えてくれた。 (半端なく本物の人だったよ。お世話になったり影響受けた人は数えきれない程いる。

俺は15、6歳の時から(俺のアーティストとしてはキャリアは20年になる)
チェルシーさんのステージを見ていたので、もう見れないと思うと非常に残念だった。

それぐらい多感な俺にかなりのインパクトと衝撃を与えてくれた人だった。

追悼ライブは静岡からから、静岡HCの創始者デッドレスマスから、俺がローディやってたSO WHAT、MENTAL、イノセンツ、ラスラー、HK、ZONE、8000、などまだ他にも出ていた、京都からWARHEADも来ていた。

俺中学生の13.4歳の時(1985年から86年、親戚から取ってもらったテープに、S.O.BやROSE ROSEやSWANKYSなどのスケートスラツュバンドと一緒にDEADLESS MUSSが入ってイいてかなり聞きこんでいて、その筋のバンドを見るために中学1.2年からライブハウスに通っていた。

後々高校になり(1988年頃)静岡市の街でパンクの服装して歩いていたらリップクリームのライブ行くか?と声をかけて来たモヒカンの人がイノセンツのテンさんで、俺は前にデッドレスマスをやっていたと言っていて、デッドレスマスはパンクの盛んな東京とか大阪、名古屋、九州の人達かと思ってたら、静岡市と清水市のバンドだったのを聞いてかなり驚いた。

結構毎年全国ツアーや海外でリリーしている静岡県のバンドのメンバーが住んでいるところは、昔から人の少ないかなり自然に囲まれた家に住んでいる。


俺はそんな先輩達とも対バンした事も少しあったが、人生において生きていく上での姿勢において静岡CITY HARD COREの英才教育や影響を短期間だが受けた。

だからみんなお世話になった見たい先輩バンドばかり出ていたから行くはずだったが、26日は5/28から6/1まで横浜相鉄本多劇場で公演するstudio saltさんの初稽古で顔合わせの初日だった。
もちろん追悼式出席だからNGしても良かったが、
俺は過去を懐かしむのもいいが、過去ではなく、今の俺に縁があって出会った人達との新たな時間を選んだ。

俺だって一人で東京にでてって、地元の先輩の名前も出さず頼らずに独学でここまでやって来たんだ。

だから自分を必要としてくれたこれからの新しい人達の方を選んだ。


地元の先輩もそれなら納得してくれるだろう。
追悼ライブも盛り上がったみたいだし、いつか静岡か浜松か磐田で共演したいな。


スタジオソルトさんについてもこれから書いて行きたいが、もう寝る時間だ。

おやすみなさい。


俺が大事にしている事の基準がはっきりしてきたね。



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2008年04月28日 03:36に投稿されたエントリーのページです。

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