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沼津が燃えた 1

「自分の大義名分は主催のGOOFY’SHOLIDAYと遠藤貴志を男にするって事で、沼津で自分を楽しみにしてくれていた人達にも、ちゃんとしたモノを見せたかった。 」

「沼津が自分の魂の故郷になったのも嬉しかった」


とにかく改めてこんな凄いイベントを沼津でやれるのは地元のみんなの積み重ね以外何も無いよな。


(これからも楽しみにしているし)


確かに自分が静岡県で活動していた時、沼津にはちゃんとしたライブハウスが無かったし、沼津市の人口的にも(全国的にあまり人口が多くない静岡県でさえ新幹線が止まるのは浜松市、静岡市、掛川市、三島市、熱海市、で沼津市は新幹線が止まらない。)
特別大都市ではない。

これは地道に15年以上地元でやって来た
事の他ならない。

この企画は37回を数える。

(GOOFY’SHOLIDAYの初期はレコーディングしたテープを日本全国いろんな人に渡したみたい)

だから今日出演するにあたり今まで自分がやってきた余計な考えややり方を捨てた。
(やっと捨てれた)


というか今までの谷本進のキャリア全て捨て、静岡時代の感覚にリセットした。
(それじゃ無ければ出来なかった)


もちろんNEVERLOSEなんて言っても静岡県内ではやって無いからほとんどの人は知らない。


今まで東京でやれたのは(前にも書いたけど)支えてくれたNEVERLOSEの自分以外のメンバーの力が大きかったと思うし、片山を初め
山本、長谷川、岡本
、戸枝、松丸の力は
やっぱり凄い。


片山と山本はこれから2月、3月と公演やるんでそれもかなり期待が出来る。

だが静岡ではシラフの谷本進で新人として出るしかない。


前回の沼津は今回とは違いWAVEの企画でアコースティツクや打ち込み系の人達との共演で、あなんじゅぱすと東京組として来たし、ひらたよーこさんの後ろにいたし。

前回は沼津にいくにあたり名古屋で稽古して、作・演出の刈馬カオス君という演劇界での谷本進を知っていて演劇的にサポートしてくれる人がいたから不安は無かったが、今回は一人。


改めて、考える暇もなかった前回よりも、今回はGOOFY’SHOLIDAY企画で全国から集う精鋭の人達と沼津でやるって事を考えた。


静岡市の時は、来てくれたのはほぼ自分の身内だから安心感はあった。

また、静岡県内でこんな晴れのイベント出演は初めてだから昔お世話になった頭の上がらない先輩にも見に来てもらうように声をかけた。


地元にずっといる先輩達は10代から20代のどうしようもない 谷本しか見ていない から、昔さんざん怒られた思い出がよぎる。

というか先輩達と絡む時は文字に出来ないくらい緊張するんだ。


一度も舞台に立つ俺を見られていないからどういう反応するか怖かった。


昔は10分の遅刻でゲンコツで頭に10発の
グーパンチだった。
しかも先輩は力有り余っている時だから強烈だった。

昔は静岡の街も本当に荒くれ者が多かった。

先輩達はその中で凌いで来たから価値観が、中央とか権力とか大きいモノに対して恐れ無いモノを持っているし。


とにかく昔から凄い事すれば認めてもらえるが、駄目な時は結構悲惨だったし、つまらなければ簡単に噂は廻るし。


まさしく沼津も含め静岡の人は損得抜きで動く、だからこれまで以上のモノを見せなければ自分の生き方もつまらなくなる。

本番一週間前ぐらいからあまり寝れ無かった。


とにかくイベントの トップを飾る自分はその日の流れを作る重要な役割。

主催者の意図はずっと行動を共にし、最近は良く一緒にいて
ライブを見たり話す機会も結構あったから、すぐに理解できた。


(当日のメンツを見てさらに確信した。)

とにかく4組か5組しか出ないイベントは 全体で一つという感じになるので、友への義を強く感じ、また自分がそういう時 どこまで出来るか試して見たかった。


とにかく一人で稽古場に篭り、与えられた時間をフルに当日の練習に費やした。

当日の午前中一杯まで使いリハーサルやウォーミングアップをしていた。


とにかく自分の出来うる力を全て出し切る必勝体制で臨んでいた。

家から沼津へ向かう時はかなりの緊張感だった。


当日リハーサルが始まりWAVEのスタッフのサポート体制 に嬉しくなり、更に力が入ってきた。

そして顔合わせ、

当日共演する全員とスタッフさんが集まり自己紹介の後、主催者の遠藤からみんなに決意と今回の主旨が伝えられ、一同異様な緊張感と普段にはない雰囲気になった。
「グーフィ企画は中途半端な奴は出さないし、ここぞという時にしか企画はやらないという」

ここで燃えない俺ではない。

出番前には楽屋を集中と待機の為に優先的に使わせて貰える気遣いをしてもらった。


スタッフも出番前に一人ついてくれるようになり余計に安心した。

17:30になり開場して、会場からは客席の声が聞こえ始める。

だが一部が騒いでいるだけで結構静かだった。


俺は沼津ではあまり知られていないし、最初から人は入らないだろうと思っていた。

そして遠藤がスタートの確認と様子を見に楽屋に来てくれた。

ちょっと時間を押してスタートするみたいだったが、俺の集中は切れる事なく乱れる事も無く、


ただただ時を待っていた。


この日の為にずっといろんな経験をしてきたんだと思い、その気持ちを爆発させるだけだった。

とにかく真っすぐに伝えようと思う。

遠藤や沼津のみんなと交流し初めて、10年以上がたつ。

とにかく今までこだわってやって来た事を、見ている人にぶつけるしかない。


「大事なのは人が多い事ばかりでもない。
小数でもみんなの力を合わせればやれるんだ!」

とにかくイベントの先峰として出る以上、後先考えてはいられない。

義の為にも自分自身と戦うにもこの戦いに勝たねばならない。


遠藤貴志を男にするんだ!


沼津を盛り上げるんだ!


短時間でいろんな思いがよぎりつつ、いよいよオープニングの曲がかかりゆっくりステージに出ていった。


いきなり客席のフロアーが目に入り、その数の多さを見て、 今にも泣きそうになった。


いたる所に人の顔が見え、ほぼ満員の入りだった。


大都市では無い静岡県東部地方や沼津のみんながこんなに集まった状況はかなりグット来た。
(まして中央とかで名の通る、その筋で勢いがあるアーティストは今回出ていないのに)


そして自分の志を信じた仲間と真っすぐ貫いて行くと、こんな素晴らしい事が起こるんだと思え、かなりそれだけで更に戦闘モードにスイッチが入った。

会場の雰囲気もピシーと、いい緊張感に包まれ、泣きそうになるのを堪えながら、落ち着いてソロパフォーマンスを始めた。

主催者の意図の一つは、

THINK GROBAL/ ACT LOCAL


である。

次回に続く。


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コメント (1)

本人:

訂正します。


静岡県内で新幹線が止まるのは熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松だけじゃなく新富士の止まる富士市も入っていました。


失礼致しました。


ちなみに一番早くて本数の多い「のぞみ」号はとまりません。
(新横浜から静岡を飛ばして名古屋です。)

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2009年01月30日 04:25に投稿されたエントリーのページです。

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