明日の為に東京にやって来ました。
心配された風邪も落ち着いて来ました。
あとは静かに爆発を待つのみです。
明日は高校の後輩の稲森楽が長かった北米大陸への旅から日本に帰ってきてすぐに友達連れて渋谷に見に来てくれるんだよ。
写真2は昭和8年に撮影された母方のおじいちゃんとおばあちゃん。
なんと74年前の写真。(色は復元)
写真で当時25歳だったおばあちゃんは今年で満100歳
一昨年会いに行ったら寝ていた俺に子供の頃と同じように、お灸をしてくれました。
久しぶりに会ったのに進とすぐにわかってくれた。
俺の前では昔と変わらぬおばあちゃんだ。
「こんだけお灸すえてもあんまり熱く無いの?
それは身体の調子よくないね(方言で)」子供の時と同じ事を言っていた。
もうあんまり歩けなくても、視力落ちたり耳が遠くなっても、
縫い物をしたり、何個も火を付けて風邪で寝ていた俺にお灸をしてくれた。
あるだけの食料や生活品をもたせてくれ、もうおばあちゃんのお金の管理は叔父さんがしていて、手元にあまり無いのに、全財産俺にくれた。
たくさんの小銭と2千円、おばあちゃんが縫った袋に帰りに持たせてくれた。
子供の頃みたいに育ててくれたおばあちゃんと一緒に、またあの家で住みたいな。(いつもおばあちゃんの横で寝ていたしね)
またおばあちゃんのいろんな料理食べたいな。
去年俺は旅に出ていて先日亡くなった父方のおじいちゃんの死に目に間に合わなかった。
おじいちゃんはみんなに別れを告げずに
一人で天国に行ってしまったけど。
かなり寂しかった。
俺のしている稼業は親の死に目に会えない。
おばあちゃん!
絶対に100歳のお祝いに行くまで生きていて下さい!
おばあちゃんは63歳の時から生まれたばかりの俺を育てて俺が36歳になったから99歳で、来年は100歳。
今でも食べ物に好き嫌いが無いのはおばあちゃんのおかげ。
俺はおばあちゃん子だから、この歳になっても子供の時と同じ様に接して面倒をみてくれる。
俺に子供が出来ておばあちゃんを安心させたい。
実は10年前NEVER LOSE旗揚げ公演に静岡県の富士宮市から当時89歳のおばあちゃんが東京の駒場アゴラ劇場まで見に来てくれたんだ。
一昨日最後に帰り際、「さよなら」と一言。
絶対次に生きていてくれるだろう!!
おじいちゃん!
まだお迎えに来ないでくださいね。

