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2009年02月 アーカイブ

2009年02月02日

新潟へ行って来ました。

今回始めて行った新潟県西魚沼郡。


新潟県へ行くのは初めてで、雪国の女の子はかわいかった。


みんな子供の頃からスキーやっているから滑れるし。


その土地その土地のスタイルがある。


普段見れない世界を垣間見た。
そして体験した。

新潟県にしかも上杉家や直江兼続(今年のNHK大河ドラマ天地人)にゆかりのある土地だった。


越後湯沢にも行きました。


雪山でスノーボードやりました。
(写真)


これを読んでくださっているみなさんは、スノーボードをやった事がありますか?


自分はサーフィン、スケボーなどの横乗り系が好きだし、スノボーも出来ます。


どうですか?


沼津の余韻が残りつつ、今週の週末は「なにわ」(大阪府)で初めてソロパフォーマンスをやります。


今最も過激で熱い大阪のストリートの連中の中に飛び込みます。

本当は31日の深夜はグーフィーズホリデイも出る渋谷のギグアンティックに行きたかったが苦汁の決断の末に新潟へ行った。


大阪へは静岡で生まれ育った、一人の谷本進で行きます。


SUSUMU TANIMOTOとして新しくクレジットしてからの一年間目はまぐるしい日々だった。


これからも一意専心で精一杯やります。




2009年02月05日

大阪の詳細

イベント名 「尊師ナイト」


〈DJ〉


CASPER(CMK)
HIGU(JHP)
SUPER-ISSEI(RB)
田んぼ(072st)
UZEEEEE(YTC)
HOSSY2009(HTC)
SHOOT-MIND(ISK)
AMRITA(光町野ボボ会)。


〈MC SHOWCASE〉


2YC&GK1 レペゼン裏河内。

〈SOLOPERFORMANCE〉


谷本進(NEVERLOSE)
from東京

場所は
大阪市営御堂筋線
(なかもず行きか天王寺行き)
難波駅近く。


「BAR RYTHM」


〒542ー0083

大阪市中央区東心斎橋2ー8ー5

日宝グランドビル2階

TEL
066ー211ー6935

時間

2009年2月7日土曜日


STARTは
21:00から

till morningまで

谷本進の出演時間帯はまだ未定ですが、
わかり次第報告します。


まだ第一歩ですが、
かなり強烈なメンツとの共演になるので 大阪ミナミで楽しい夜になるでしょう。


2009年02月07日

大阪冬の陣

大阪ミナミでこれから始まる未体験のイベント、未体験の人達、未体験の文化や表現。

もはや演劇界や音楽界や芸能界のルールなんて何の意味もなく通用しない場所。
(俺はとっくに脱藩しているが)


尊敬するグラフィティライター、スケーター、ラッパー(HIPHOP)大阪を代表するハードコアでスカム(変態)なカッコイイメンツが集う場所。

去年誕生日に岡山PEPPERLANDで共演したクリトリックリスさんをはじめ、大阪のパフォーマーは半端無いよ

国籍も国も県も関係
無い。


日本最先端のトンガッタ表現者の集まり。


自分の気持ちは孤高の狙撃手ゴルゴ13
(写真)。

まだ前哨戦だし敵に背中を見せるかもしれないが、失敗は許されない。


今一度この言葉を噛み締めて!

上杉謙信の精神。

「依枯(えこ、私利)によって弓箭(きゅう-せん弓と矢と。転じて武器・武芸。
弓矢を取る者。武士。 (広辞苑より))は取らぬ。
筋目(すじめ)を以て何方(いずかた)へも合力(ごうりき)いたす」

私利私欲のために戦は起こさない。


筋が通っているのであれば、誰にでも加勢する。


義によって、いずかた(何方)へも合力いたそうじゃないか!!

日本最強、常勝の魂
を以って大阪へ出陣します。

イベント名
「尊師ナイト」


〈DJ〉


CASPER(CMK)
HIGU(JHP)
SUPER-ISSEI(RB)
田んぼ(072st)
UZEEEEE(YTC)
HOSSY2009(HTC)
SHOOT-MIND(ISK)
AMRITA(光町野ボボ会)。


〈MC SHOWCASE〉

2YC&GK1 レペゼン裏河内。

〈SOLOPERFORMANCE〉

SUSUMU
TANIMOTO

場所は
大阪市営御堂筋線
(なかもず行きか天王寺行き)
難波駅近く。


「BAR RYTHM」


〒542ー0083

大阪市中央区東心斎橋2ー8ー5

日宝グランドビル2階

TEL
066ー211ー6935

時間

2009年2月7日土曜日


STARTは
21:00から

till morningまで

谷本進の出演時間帯はまだ未定ですが、
わかり次第報告します。


まだ第一歩ですが、
かなり強烈なメンツとの共演になるので 大阪ミナミで楽しい夜になるでしょう。


2009年02月08日

大阪で起こった事

大阪ミナミに集結してくれたメンバーの 事は一生忘れないと思う。


いろんな出来事が起こり過ぎて…

これだけは書きたい事。


以下岡山、広島、 静岡、からSUSUMUTANIMOTO大応援団
が大阪に集結。

(生涯の盟友ー神闘歌のKAZNOSTICFRONTが音頭を取ってくれた)


総勢20名以上。
夢を見ているようだった。

そこに地元大阪勢が 加わり…

みんな人間らしくなっていた。


友のおかげで最大の難関を越えられた。

岡山廣島解放戦線に感謝!

シュウマイ始め大阪のみんなも予想を裏切る事なく力強かった。

まだ寝られないが、今日は大阪の日本の
真実を見に行きます。


シュウマイの人情と探究心はこれから楽しみだ。


リズムのスタッフも熱かった。


まだまだ進んで行きます。


2009年02月09日

東奔西走

大阪で2晩過ごし、何と昼前から静岡の実家に帰っています。

来月も静岡、広島、岡山、大阪に行く予定です。(行けたら名古屋にも)


東海道を通り山陽道を西へ。


関東、東海、関西、中国まで広がる。


今年はすでに岡山、静岡、東京、沼津、
新潟、大阪に行っている。


日本の未来の為、世の為、人の為、脱藩浪士の様に日本全国を動き回った。


各地の同士ともエール交換。


今回最大の関心事の大阪を知れば知る程、人間の幅が広がる
。会話の中からいろんな世代人の暮らしぶりや本音を聞けた。


今回の写真は大阪は西成のあいりん地区で撮影。


俺は過去に縛られる男にはなりたくない。

過去に生きたくない。誰のせいでてはないけど。


過去は過去。


大阪ではみんなにソロパフォーマンスのススムタニモトと紹介された、だから俺の事が口コミで広がりソロパフォーマンスの人とみんな覚えてくれている。


尊師ナイトで最初に会った人に、俺の服装から「ラッパーかグラフィティのライターやってる人ですか?」と聞かれ、


大阪の地元の人達がみんな聞き耳を立てていて、

俺は一言

「ソロパフォーマーです!」


みんなオォー!ってなった。


俺のアイデンティティは決まった。


NEVERLOSEや役者や俳優や演劇人
って言っても

「なんやそれ!」

だしね。


印象も固定観念で見られるし、言葉に縛られたくないしね。

自分が出演した次の日も大阪市心斎橋の
アメリカ村三角公園近くのライブハウスで、新しく出来た大阪の仲間がライブをやるので見に行った。

大阪ハードコアのイベントで(岐阜県のSTAB´FOR´REASONも出ていた)出演者やら関係者から熱い歓迎を受け、いいモノ見せてもらった。
中では大阪もツワモノがひしめき合っていた。

前の日リズムに来てた人達とも2日連続で再会。

そこに集まっていた人達の会話聞いていたら、


「昨日のソロパフォーマンスはムッチャやばかったんやて!!」


昨日と服装違うし近くにいたから、
それ俺だよって言い出したかった。


ムッチャ良かったなんて、初めて言われりゃ嬉しいじゃないか!!

とにかく今回はSHOOTーMINDことシュウマイ(大阪は河内)と
KAZNOSTICFRONT(岡山)に感謝したい。


俺達の解放戦線の道はまだまだ始まったばかり、だがやってきた成果も出てきているんで諸々完全に実現しそうになったら報告します。


(いくつか内定ずみのもあるよ)

最後に、

「おい!そこのおまえら、
タラタラやってんじゃねーよ!!」


おまえら見てても、
何も刺激うけないんだよ。


人が集まって、これから自己満足しあって楽しそうだな。

だが俺はおまえらみたいに、表現においては既存の価値観に喜びを見出いだしたくないだけだ。


僕らの演劇ですからとか、劇場に守られて、国や行政からもらう助成金に守られて、芸能プロダクションや制作会社にまもられて、お山の大将になって小さい中だけで優越感。
政治力得たつもりで調子に乗ってカッコ悪いよ。


もうこれからテレビや映画や雑誌やメデァアの影響力はなくなるんだよ。


人が今ままで誰もやってない事を信念貫いて挑戦し続けたモノしか残らずないぞ。


日本全国には同士が いた。

楽しくやるだけが能じゃないよ。

面白くもないブログ 書いてんじやない!

俺のはコラム




2009年02月10日

先輩と幼なじみ

(写真の薬は誰かが飲んでいたと思われるもの、自分の胃は大丈夫です。)

うまいと言われるより自分の世界観や自分の空気、声、音を持って、もっとカッコ良くなりたいな。


(確かにいろんな場所や環境やお客さんの前でやってきた事が少しづつ身になってきてはいるけど)

静岡で偶然ちょっとだけ 時間が出来たんで、 この道の大先輩のやっているお店へ顔を出す。


何もゆっくりしてればいいのに、何か自然と向かっていた。

先輩は昔と変わらず、厳しかった。

俺に全く甘い顔や言葉をかけないが、媚びずに地に足がついた生き方 や正直さを目にすると背筋が伸びる。


俺もまだまだ認めて貰えてないな。

「やり直しだ!」

不況だと言われて久しい世の中、肉体労働では大量に仕事をクビになる人がいる中、


今朝、ビルの窓拭きの仕事場の上司から現場復帰の依頼の連絡を受ける!

「あのお!


このご時世、他にやりたいやつがたくさんいるんじゃないですか?」



公演前にはいつも休む、窓拭き専門でやっていない自分に声をかけてくれるのは光栄ですから、早速戻ります。」

「ニュースや新聞では仕事無い人達が大量にいると報道されていたから、とっくに首を切られたと思い ましたよ。」

大阪でもそんな生の声や風景を見たし…


でも実際は本当に仕事はマスコミ報道ほど無いわけではないのかな?

(ただ高層ビルの窓拭きはいつ落ちて死ぬかもしれない命懸けの部分はあるけどね)


もしかして誰か落ちたのかな?


でもせっかく未熟でも手に職ついてはいるから、この先必要になる資金の為に、 続く限り仕事させていただきます。


とにかくどんな仕事や人生でも、近道は無い。

人や運を頼りにしても始まらない。

今自分がしている事より自分が発揮出来る事があったらそっちに行くしね。


実はA型で現実主義な所もあるんで…
変な現実味の無い話しには乗らないけどね。


だだね、当たり前だけど人生の目標である世の中の為になる事と人助けはをこれからもずっとしていきたいしな。

まず自分の足元から。


あ、やっと幼なじみに会った話し。


夕方実家を後にしてバス停に向かう近所の道で、

陽の沈みかけた空の色や見慣れた景色を背に、
向こうから犬を三匹連れた年頃の女性が 曲がり角から歩いて来た。


相手はマスクをしているがまさかと思い立ち止まった。

向こうも何かに気づきこっちを見る、


(一目でわかったのかな?)


ふいをつかれた感じで 驚いている。


(自分の実家は山のふもとなんで、店も自動販売機も無いし、人の往来が近所の人しかいない。)

面影ありますか?

そうです!


帰ってきていました よ、谷本進です。


昨年大晦日、小学校6年1組の同窓会で一部男子を狂気乱舞させたというクラスのアイドルS木Y子さんと近づいて、まともに会話するのは小学校から中学生の最初までだから、会話は硬派だった中学生のままで固い。


立ち止まり、交わした言葉は


オレ「散歩?」


アイドル「うん」


オレ「ちょっと寄って…」

たいして急いでいないのに、「また!」みたいな会釈して別れた。

確かに町内と番地は同じだし、号は違う から微妙に隣り組でないから近所付きあいはなかったが、小学校一年の時から歩いて30秒くらいの関係ではあったけど。


近所で長い立ち話は目立つしね。

まぁ自分の恋愛対象
では無かったからというか、近すぎて憧れも何も無かったけど…

彼女から漂う雰囲気は昔と変わらず良かったし、擦れていない品の良さはあったかな。

俺が曲がり角から突然現れ、きっと向こうの方が驚いて言葉が出なかったと思い。


今度みんなで集まっ
た時にでも、ゆっくり話しが出来たらと思う。


話したい奴も他にいるだろうし、自分は流れに任せよう。

しかし先輩には早く嫁さんを貰えと言われたが、相手がいないから難しいけど、 自然と一緒にいれる人が一番いいと最近思う。

この件に関しては、いつまでも30代後半独り身ではいたくないと思っているのでもう少し頑張ろう!!

おー!

2009年02月13日

自分を越えられるのは自分だけ(大石代悟師範)

自分は表現者やアーティストとして、国や政治や権力者を批判する事より、自分と向き合い覚悟を決めて与えられた困難をも乗り越えて行く方が性にあっている。 つまり誰のせいにもしたくないし、現に今の自分は誰かのせいでこの道を選んだわけでもない。


(運命には逆らわずに、与えられた使命を受け止め、全うします。)

最近、本番前後は腹筋の使いすぎで、背中と腰が異常に張る事が普通になってきている。
(この一年間毎回そうだった)

多分もう五体満足な体調は難しいね。


「絶好調はありえない。何事も思い通りにならなくて当たり前。そういった状況だからこそ、自分を貫く意義がある」
(長澤一成先輩)

(写真2)ついに体重が65.3キロになる。4.5年前は72キロあった。

これからも自分の信念は変わらず……

「生中に生なく、死中に生あり」(上杉謙信)

「死を必(はつ)すれば則(すなわ)ち生き、
生を幸(こいねが)えば則ち死す。」(呉子)

で行きます。


自分がここ一番の時は、昔から常にこんな心境で本番や挑んでいました。


15歳から戦いばっかりの21年の半生でした。

おそらくこれからも戦い続けるだろう。


(写真1)は毎月読んでいる雑誌「歴史街道」


今月号の島津義弘もかなりな人物だった。


次回はここで島津義弘について書きます。

明日から新たな現場で次回作(ゲスト出演)の稽古が始まります。

(公演名は)

鳥公園#2
『家族アート』
原作:伊藤比呂美
脚本・演出:西尾佳織

2009年4/21(火)〜23(木)
神楽坂die pratzeにて

「Mental.Shocking.Arts2009参加作品」

に谷本進は助っ人として出演します。

あとソロパフォーマンスの次回作を募集して、作品の概要を書いてくれた親友とも近い内に会いに行きたい。

それと大阪が終わったら、板橋区周辺で飲む約束をした同士とも近い内に会いたい。


いついかなる時も、


軍神、上杉謙信の様に義を重んじます。

筋さえ通っていれば、誰とでも遊んだり何か一緒にやりますし、自分に出来る事あれば助けに行きますよ。

最後に、自分が15歳の時に大石代吾師範の極真空手の道場に入門してから、染み付いて今も大事にしている教えを書きます.


*艱難辛苦汝を珠にす ・・・ 厳しい環境が自分を磨いてくれる
*ピンチの後にチャンスが来る ・・・ ジャンプの前は大きく沈むもの
*武士道とは自分を2番目に置くこと ・・・ 奉仕の精神(見返りを要求しない努力)
*声は耳に、気合は心に響く ・・・ 腹から気合を出す
*失敗してもよい、失敗を恐れない ・・・ 一つの失敗で一つ成長する
*押忍の挨拶は大きく十字を切る ・・・ 雑念を断ち切る(祈りと違い、他力本願を自力本願に変える)
*虎になれ ・・・ 小動物は常にキョロキョロしているが、虎は堂々としている
*周りがどうあれ、動じない人間になる ・・・ 総裁は他流派全盛のなか、たった一人でやってきた
*不動立ち ・・・ 5万人の前に立っても動じない(まっすぐ前を見据える)
*負けたときに強くなる ・・・ 何度倒されても、その度に何かを掴んで這い上がってきた人が強くなる
*恥をかいてきた人間ほど強い ・・・ 最初はみんなかっこ悪い、笑われても我慢して残った人が勝つ
*言葉遣いは心遣い ・・・ 言葉を大事にする人間は、友達を大事にする
*空手に100点満点はない ・・・ 100%力を出し切ることが大事
*厳しい冬を乗り越えて咲いた春の花が美しい ・・・ 苦労してきた人間の方が魅力がある
*稽古中最初に息が上がった者が一番強くなる ・・・ 一生懸命稽古している証拠だから
*道場に通っていた期間は、自分に打ち克っていた期間 ・・・ 短い期間でも貴重な経験
*生きているうちに生まれ変われるのは人間だけ ・・・ 明日の自分は変えられる
*空手 ・・・ 手段・手法にとらわれない


自分のバックボーンの教えは今でも変わらずに守って行きたい。



2009年02月14日

蟻が巨像に敢然と戦いを挑む。

来月3月15日広島市内の広島サンプラザで何かが起こります(写真)


OPEN MINDは大事です。


SHOOTーMINDもカッコいい。

心が閉鎖的なのは良くない。

最近はオープンマインドですよ!


これから静岡へ帰省します。


明日、
昔お世話になった長澤先輩が一生一代の昇段審査に挑みます。
極真空手5段に挑戦です。


内容は形の演武と50人組み手です。

50人組み手とは一度に50人連続で、試合をします。


極真空手は直接身体に打撃を与えるので、決起盛んな黒帯や茶帯と立て続けに約一時間にわたり真剣勝負するんです。


長澤先輩は43歳、今までの激戦であちこち痛め、直前の稽古で足を骨折して、まだ骨がついていない状態
にもかかわらず逃げずに審査に挑みます。

これ以上無いお手本です。

昭和63年(1988年)自分が15歳の時同級生の村田真と、国際空手道連盟静岡支部分大石道場の竜南道場に入門した際からずっとお世話になっている先輩です。


当時の道場はとにかく武道場だから、規律が厳しかったし殺伐としていた、
本部の沼津にいる大石師範とは数ヶ月に一度稽古をつけていただけるかで、雲の上にいる人で大勢いる道場生の中で声をかけてもらえるなんて有り得なかった。


たった一度だけ審査会が終わって帰り際、


「谷本!」と言われ、


「押忍!!」

と答え。


「拳立て何回できたか?」


「押忍!58回です!!」

とにかく舞い上がり
まくったのを覚えている。

師範や黒帯の先輩とはほとんど話しかけてもらえなかったし何言われても「押忍」としか返事が出来なかったから、行動で示すしかない。


そんな憧れの空手家を目指し、毎日居残りで稽古をしていたら、
ある日黒帯の先輩が
声をかけてくれた。
それが長澤先輩で、

先輩は他の道場から移ってきたた外様だったから、土着の先輩より
苦労されていた。


そんな先輩が稽古の仕方を質問したら、教えてくれたり、
空手の面白さを教えてくれた。


道場で一番上の先輩に、長澤先輩が最近谷本頑張ってますよ、と言ってくれて、


上の先輩が「そうだな」と言っていたぞといい、いつも何かとやる気にさせてくれた。


先輩から教わった技は自分の財産になった。

今でもあの時の会話は忘れる事が出来ない。

ここでも書いたがつまらぬ喧嘩からケガをして道場を休みがちになり、バンドの初ライブから人生観が変わりにそっちに行ってしまった。

それから10年がたった1999年、しばらく会っていなかった同級生の杉浦貴紀(知らぬ間に長澤先輩の道場に通っていた)から、

長澤先生が
俺とか村田の名前を懐かしそうに話し、あいつら今何やってるんだ今度道場に連れて来いと
言われたよ。
当時NEVERLOSE旗揚げ2年目だったが居場所もなく一番弱っていた時だった。


あれから先輩は道場を3つも持つ分支部長になっていて、大石首席師範に認められ空手だけで生活できるように道場を任されるまでになっていた。

そして長澤道場に顔を出した自分達に、今の道場生達が入口に向かい身構える(道場破りとかあったみたいだし)、


極真空手の道場は昔から外部の不審者に対してはそんな緊張感や雰囲気があった。

長澤先輩がこいつらは竜南時代の後輩だから、入れてやってくれ。

そして紹介され道着を持って無かったがジャージで稽古に参加した。


なんだこいつはと思われる中、先輩がみんなに、伝説の竜南道場でやっていたお前らの先輩に当たるやつだ
仲間に入れてやってくれと紹介してくれた。

そして多感な時期に教育していただいた先輩にNEVER
LOSEという名前は
極真空手の失わない精神、諦めない心から
来ていますと伝える事が出来た。
つまり原点に心身共に帰る事が出来た。


だが実は先輩は昇段審査の40人組み手を前日にやって、アバラが折れたり満足に歩けない状態で直の後輩の指導員にその日の稽古を任せ休もうと思っていた所、俺達が道場に行って
トラブルになら無いようにわざわざ来てくださっていた。
(それから10年後の明日に繋がる)


再会したその後数日して一緒に言った村田は勤めていた会社を辞め、本来やりたかった絵の世界で勝負する為単身上京し、全てを絵に捧げる生活を何年も送り、上野の大きい美術館で何年が連続で白亜展に入展した。
(実際絵を見に行った)


その後2000年からの俺の躍進を見れば少なからず大事な精神を思い出させてくれた先輩のおかげでもある。

そして2003年末から2004年にかけて、
谷本進史上もっとも疲れ果て苦しんだ時期、
静岡で長期療養していた時、
杉浦と村田(大石道場に再入門していた)を通し、沼津や磐田の静岡県内や
岡山や沖縄に再生の
旅に出た当たりの時期、再度長澤先輩の道場にお世話になる。


そして再度俳優業に挑むが、会社や客演した作・演出と上手く行かず体調がまた悪くなり、事務所を辞めてフリーになり静岡に帰った。
(NEVERLOSEも動かせ無かった)


その時から2005年始めMAMORU・SHIMIZU・anglasadのウエアブランド立ち上げのPVのショートシィルムに(ヤブキタカユキ監督、横山太平撮影)主演で呼んでもらえる直前まで、長澤先輩の道場にお世話になっていた。
(村田がanglasadの感情を探す男という俺の映像復帰作品をダビングして先輩に渡してくれていた。)


あの時はとにかく無心で稽古したし、
大会に出る高校生にボコボコにされ続け
たがコノヤロウって向かって行けた。
隣で高校生にやられてもやられても立ち向かう30歳過ぎた同級生の杉浦の姿もかなり
グット来た。


村田の通う社会保険センターの道場にも空手の出稽古させてもらった。


確か2004年のクリスマスイブも少年少女達と道場で稽古していたし、年末の稽古納めも参加したな。


(去年の11月に静岡市凱旋公演をした場所であるBARパワーホールのマスターにも、2003年から2006年の数年間に渡る冬の時代にお世話になり、店の10周年に自分のソロパフォーマンスをやる事でやっと少し
義理や恩を返せた
。)

明日は力の限り満身創痍でも戦う先輩に声援を送り続けたい。

こっそり行って見届けようと思っていたが、

関係者では無い自分でも会場に入れるか不安だったから、


今日の昼過ぎに久しぶりに先輩の携帯に連絡し、「応援に行きます」と告げたら、
かなり喜んでくれて、
自分も少し役に先輩の立て
たのかと思い義理をちょっとでも返せたのかな?

損得で動こうなんて
気持ちは捨てた方が
いいし、受けた恩や
義理の為に動くのが
人間本来の姿だと思う。


先輩も選手の第一線から退いて指導者になるが、先輩は最高師範からの教えと自分のやり方で立派な教えをたくさんの教え子達に授け育て上げ、世に社会に送り出している。

極真空手は武道であり、スポーツや格闘技とは違い、

礼節を重んじ、


己に打ち勝つ精神を養える。


長澤一成先輩の挑戦や今までの選手として指導者としての功績は、自分の今後の人生においても、最も手本となる生き方になるだろうと思う。


1988年、1999年、2009年、十年周期で自分の人生の節目に先輩が現れる。


とにかく明日は、
極真会館大石代吾最高師範、長澤一成道場の一門下生として、過ごしたい。


20年ぶりに師範の話しを生で聞けたらいいなぁ。

明日は昼過ぎに杉浦が車で奴の彼女と実家に迎えに来てくれて、一緒に会場に行きます。


(杉浦は昨日から彼女と三重県の伊勢神宮に行っていたらしい、いいなぁ)

なので後輩の卒業公演や当分知り合いの公演には行けません。

(直前に直接電話くれたら別ですが)

『今は自分が特に会いたい人やユーモアもあり熱い話しが出来る(絆が繋がっている)人とは、(実家近郊以外だと、静岡県だと磐田とか沼津だし、それから全国)どこへでも行って語り合いたい』

なので、やりたい事やしなければならない事もあり、以前より付き合い悪くなったりいろんな所に顔は出せませんが、義を大切にしたいので


このままでいいです。

もしくは今の自分の状態が一番の幸せのように感じます。


野心や欲望は望まないようにしています。

自分に関わる人の幸せが自分の幸せです。

これ以上いい事を望むとロクな事ないような気がするので、
4月の公演の稽古にも専念したいし、マイペースで行かせていただきます。

「男を賭けて結んだ契りは命の限り守り通します。」

2009年02月15日

谷本進・次回出演情報。

2009/04/21(火)から 2009/04/23(木)まで


会場 | 東京都
神楽坂die pratze(ディ・プラッツ)


出演 | 谷本進(NEVER
LOSE)

脚本 | 西尾佳織

演出 | 西尾佳織

料金 |
1,700円 〜 2,500円
前売り:2000円 当日:2500円 
学生は各300円引き(要学生証提示)


サイト | http://birdpark07.blogspot.com/
※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。


説明 | 原作:伊藤比呂美「家族アート」


狩るケモノと、狩られるケモノ。
生きている体と、死体。
世話してやりたい、世話されたい欲望。
外へ。コヨーテのいる場所へ行きたい。
連れて行って欲しい。
けれどそこへは
自分で行くしかありません。
まとわりついてくる病と夫を置いて。
もはやわたしはこんなにも過剰で、
身動きがとれない。
死体はもう
自分の足で立つことが出来ない。
だからどうにか、死体になる前に、
ガキアミを引いてゆきます。
けれどガキアミは元気になって、
どこへ行くだろうか。
(それはわたしの元へ
帰ってこないかもしれない)
それに友人はもう、
血を流して死体になってしまったし。
ただ誰がいても、誰もいなくても、
わたしはずっと血を流し立ち続けていて、
立ち眩みを思い出そうとしている。



2009年02月16日

人の一生(故郷の静岡にて感じた事)

先程、静岡市葵区の北部体育館にて長澤先輩の公認昇段審査の50人組手。 写真で(花束を持たれているのが長澤先輩、その横におられるのは大石最高師範)


まさしく苦行・荒行を見て参りました。

目の前で起こる奇跡に感動して涙が出たり、胸が熱くなって思わず立ち上がり大声張り上げたのはもちろん。

以外と言っては失礼になるが、
武道の真剣勝負は見世物ではないし、演出も脚本も無い。


だが自分が何度もウォーって驚きの声を上げてしまった程、KOシーンが見事だった!

芸術的だった!!


先輩は静岡県と山梨県のチャンピオンになり、一万人規模の大きい会場でやる全日本大会にも出ているからか、見ている人を魅了していた。
(先輩は絵のデザインのセンスも良く、
その返の直感と反応もいいんだろう)


最初はものすごい緊張感と鬼気迫る表情で始まり、利き足の右足の指が親指から二本折れている状態だから足をまともに畳みに付けないようだった。


だからいつもと構えが逆だった。
(これはかなり大変
な事です)


そして次々相手の攻撃を見切り、最小限のサバキや体重移動でかわす。

次々向かってくる相手も黒帯で、かなり
苦戦されるかと思いきや相手に攻め込ませながら…


応援に駆け付け、見守っている
弟子や、

つめかけた観衆が思わずどよめく程に予想もしない
所から後ろ廻し蹴り
が出たら一発で相手がノックアウトした。

そして、激しい打ち合いをしたかと思えば、本気で蹴ったミドルキック衝撃音が明らかに他の人とは違った。


連続技には会場が湧いた。


たしか他にも負傷箇所を抱えながら不自由な動きしか出来ないのに、隙があれば相手の急所に一発、


多分狙ったであろう技でも一発、


一発が強烈で重い。


20年前に道場の居残り稽古中、先輩が23歳で俺が16歳の時、二人で話した事があり、


先輩は一発一発強烈
なダメージを与える
攻撃が出来る組手を目指すと言っていた

時代は昭和の最後の年、これからのちに平成へ移る時で、

相手を倒す組手より、引き分け判定勝ちやポイントを多く取った方が勝者になる風潮になる時だった。

他に審査を受けた人達の組手を見たが、
KOもあまり無いし先輩程強い攻撃をやっていなかった様に感じた。

先輩は中盤に膝蹴りを相手の顔面に入れて倒した。

そこまでやる人はいなかったから、先輩の本気さと覚悟
が観衆に伝わり、会場の空気が一変した。


そして40人過ぎた最後の方は攻撃と防御でダメージ深くなり、足も上がらなくなりそうになったが、渾身の気力で折れた足を使い技を返した。

さらに拳を痛め使えなくなったら、肘打ちと最後は頭突きまで出した。


普通なら立っていられない状況なのに、相手と真正面から打ち合い、一歩も退く事無く、最後は押し返していた。


相手は選抜された強い人達なのに…


セコンドについたり、組手を見守っていた先輩の道場のお弟子さん達は、

(他の道場はそこの師範が組手をする時、声援やアドバイスを大声で盛んに送るのに)


先輩には一言も声援を言わず、
一番弟子の方が治療した時のみ話しかけたぐらいで、無言で見守っていた。

これは先輩に対する
お弟子さん達の信頼感というか、信じている気持ちの深さが
見ていてわかった。


静かで寡黙な中にも、道場生のみなさんから温かいモノを感じた。

そして先輩の教え子で、事故か突然の病で長期入院中の生徒が車椅子で病院から応援に来ていた。


先輩は組手が終わった後、その生徒を抱きしめていた(写真)。


その生徒はまともにしゃべれなく、もしかしたら治らないかもしれないくらいの状態なのかもしれないが、


先輩の姿から何か感じ取ったらしく「押忍!」と元気に返事をし、先輩と抱きあっていた。

生徒のご両親と先輩は号泣していた。

生徒も必死に病気と闘いながら会場に車椅子で応援に駆け付け、先輩
に力を与えていた。

生徒も先輩から力をもらっていた。

自分も、その純粋で真っ直ぐな生徒さんの一日も早い回復を願いたくなりました


最後に俺の空手の師匠である大石代吾最高師範から、先輩の組手を
表して、「強さの中に品がある」と
おっしゃられていた


杉浦とも帰りに話したが、
息が切れるとか体力の限界では無くて、

痛みに耐えながら自分との戦いだったね

自分達にはそう見えた。


今日は命懸けの人間の姿を目の当たりに出来た事と、


『この奇跡は紛れも無く、長澤一成という空手家の修羅場の数や、くぐってきた経験の量だと納得出来ました!!』

最後に帰り際、手土産を渡すのと一言挨拶しようと先輩と話せる順番が来た時、
(こんなに並んだのは、女優の宮崎あおいさん舞台公演の楽屋前で本人に挨拶する為に待った時以来だった)

先輩から自分に一言


『谷本!ありがとな!!』


手土産を渡して先輩に持ってもらうのは
悪いので、
お弟子さんに後で渡してもらうように声をかけたら、


「あ!役者の!」

俺は帽子を被っていたし、長澤道場に最後にお世話になったのは4年前で稽古に出たのも数回だったにも関わらず、
先輩だけでなくお弟子さんが覚えていてくれたのも嬉しかった。

もしも心が弱ったり、人の道を外れそうになったら、また静岡市葵区本通りの先輩の道場へ行って稽古させてもらおう。


20年来の絆が切れずに今も繋がっているのは、人生でも尊い事だ!


一重に大石師範及び長澤先輩の人徳のおかげにです。

人生の先人に感謝し、これからの人生に反映させていただきます。


押忍!!


次回進の部屋は、


一緒に何かして遊んだり同じノリや笑いを共有しないと、イベントや公演をやる際や、共同でモノ作りをする時には、かなりその部分が大切ではないかと今までの経験から思うんで
、それをこれからも大事にしていきたいと思った事について書きます。

静岡県内と言えば、明日はマブダチ遠藤貴志のいる沼津市に行きます。

いずれ磐田市や浜松市方面にいる先輩と
も飲んで語り合いたいなと思っています 。

大事な事もう一つ、
今月2月24日はKAZNOSTICFRONT(神闘歌)の誕生日だ!

岡山市表町のIMAGEにてお祝いライブイベントがあります。


昨年同様(もし岡山行けたら)、 お祝いにソロパフォーマンス「37」をやらなきゃな!!


もともと名古屋の刈馬カオス君が作・演出をしてくれた谷本進一人芝居「36」は、カズノスティックフロントへの誕生日プレゼントなんです。

もし岡山行けたら手ぶらじゃ嫌だから何か考えたいな?

おっと!待ってよ!

既に
4月に上演する次回作の製作中だから、それに支障をきたさ無いようにしなきゃな。


原点回帰や、調子悪い時お世話になった、昔からの縁を修復する事が出来て、


自分は子供の時から学生時代も含め、何も変わる必要が無いと改めて思いました。


これからも自分と付き合うであろう方々大変だとは思いますがよろしくお願いしいまします。

谷本進の次回作は「家族アート」です。


そちらもよろしくお願いします。




行き先は心が決める。

自分は持って生まれた感受性が、日々かなりの割合で高くなるようです。


感じたり見えてくるモノが強すぎる時は、コントロールが難しいですが、

今回帰省した際、親に、

自分が以前より落ち着き、元気でやる気に満ちている顔や話しを聞かせたら喜んでくれました。

まだまだ甘いが、今自分に出来る親孝行はこれだったらいいかな?


と思いました。

親孝行は最大の使命です。

極真空手の理念は、

頭は低く

目は高く


口慎んで心広く

孝を原点として他をえきす。

です。

親孝行を原点として 、他のやるべき事を やり遂げて行けという事の様に解釈しました。


忠義なんかの義も、当たり前だが親孝行にも当てはまります。


友達や目上の人も大事にしますが、一番は親です。


これからの自分の行動には、親孝行も兼ねて行くでしょう。

本当に、今まで俺の為に縁あって尽くしてくれた様々な人々の幸せや発展をずっと祈っています。

誰一人として不幸にはなって欲しく無い。

だが今は経済的に俺がその人の面倒を見れる事は出来ない。

無理して作った笑顔ややる気を見せても 意味がない。

親孝行と同じで、俺が元気無くやりたく無い事やっている姿だけは見せたくない 。

昨日書いたけど、幸せは今十分感じていますしこれ以上望みません。


今年のこれから2月後半(片山、松丸)から3月(山本)と4月は(元メンバーです結成した、劇団ハッスルマニア)など、


昔からNEVER LOSEで共に頑張ってきた仲間が公演をする。


自分の次回出演作(4/21日から23日までの稽古や本番や、
日本全国の解放戦線に向けて動き出したいし、多分行けない公演もあると思いますが 、

皆さんは俺が他の誰よりも素晴らしいと思うハートを持った演劇人です。

(長谷川、岡本、戸枝、菊池、林の去就は気になります)


NEVERLOSE
は制作スタッフも含め、20人以上が所属していました。


まず公演せまってい人は、大丈夫ならいいし、


とにかく胸を張ってやってください。

俺も自分が今一番面白いと思う事に向かって、人生賭けてやっていきます。


親孝行と義をつらぬういて行く道の途中 で、もし俺と出会う事があったら出来るだけその時は遠慮無く一緒になろう。

ネガティブなモノにだけ巻き込まれ無い様に頑張って行こう!


押忍!!!


行って来ます。

現在時1332。 列車の窓から見えた富士山を撮影。


撮り立てホヤホヤです。


中央突破目指し、
行って来ます。

押忍!!


2009年02月17日

沼津滞在記

(写真は沼津駅前にて)


これから寒くなるみたいですね。


こんなに早くに暖かくなるのはあまりよろしく無い。


やはり寒さに踏ん張るのは必要。


今日は沼津で遠藤貴志とエール交換したのち、夕方からWAVEで日本の至宝GOOFY’S HOLIDAYのリハーサルを見学させてもらう。


ストイックにひたすら打ち込む様はある種サムライのようであった。


内容は言えないが、 何千回と練習を積み重ねてやっと一つの音が出来、その一つの音で人は心を動かし感動するんだと思えた。

静岡県東部にいながらいまだ日本の最前線でやり続ける彼らの緊張感や意識の高さに敬意を表せずにはいられなかった。


孤高な彼らの生き様は、時代が変わろうとこれからも人を魅了し希望の光を照らし続けるだろう。

自分の魂の故郷沼津は、他地域とは違うリズムで一歩一歩進んでいた。

遠藤は大阪のBRYANというバンドを
サポートしている。

自分の嗅覚を信じ、ジャンルや地域に囚われず力を貸すのは
並の人では出来ない 。


見させてもらったリハや環境作りは地道な努力の積み重ねしかない。


魔法なんて人間は使え無い。


中途半端な気持ちでは自分が選んだ道を ここまで歩め無いだろう。

10年来の友人として 、遠藤はずいぶん貫禄が着いた様に思う 。


どんな場所でのライブでも一切言い訳せず、その日見に来た人達の期待に応え続けてきた地力は簡単に崩せるモノではない。

今日見てきたメンバー3人の今後は見ておく必要がある。

これから発表される音源やライブを楽しみにしておいて欲しいと思う。


またグーフィのファンの質の高さや熱さも素晴らしい、俺はいろんな所でライブに行く度に彼ら彼女らから教えてもらう事がいくつもある。


人のやらない事を常にやって来た誇りは
尊いものがある。

まぁ今度のグーフィ 企画も見に行くだろう!!


遠藤は長野県生まれ、
信州上田の武将、 真田昌幸の部分も兼ね備えていると思った 。


真田昌幸は徳川家康の力をもってしても倒す事が出来なかった戦国武将である。
(家康は何度も失敗している)


息子の幸村は大坂冬の陣の際、徳川家康から大名にする話しを持ち掛けられて味方に取り込まれそうになる話しを蹴って大阪方に付き、最後まで義を貫いた。


昨日今日は静岡県の誇りをかなり刺激された。


というか、背筋がかなり伸びた。

これを読んでいる人の中で静岡県に明るくない人がいたら、 自分が何とかするんで行ってみたいと思う人は一度声をかけて下さい。


静岡県の駿河湾の魚は一度食べてみればわかりますが、そこら辺にある味とは違いますよ。

大阪のシュウマイは日本全国ヒッチハイクの旅に出た時に、一番親切にしてくれたのが静岡県の人だって言っていました。


自分は子細あって東京に向かいますが、育ててくれた親や故郷に恩返し出来る事が夢であります。


明後日から東京で活動している西尾佳織さん主宰の演劇ユニット「鳥公園」の 公演に全てを賭けて行きます。

『武士は己を知るモノの為に死す』


遠藤が思い出させてくれました!


これから東京のアパートに帰り、アマゾン(仮面ライダーではない方の)

次回作「家族アート」の原作本を読み込みます。


西尾さんは先月の寒い中、自分が一人で稽古している郊外の場所まで出演交渉の為に訪ねて来てくれた。
(とにかく嬉しかった)


自分をそこまで評価してくれるなら……

己を知るモノの為に
死す。

自分の花を西尾さんの鳥公園で咲かせて 見せたいと思いました。

大儀名分はただそれだけです。

追記、


利き足骨折の中50人組手をする前の長澤先輩の心理状態を察すると、自分だったら逃げていたかもしれないと思った。


同じく50人組手をする予定で、当時の竜南道場で一番怖かった朝波先輩は稽古のし過ぎで心臓が限界に来てドクターストップなり今回は挑戦出来なかったらしいが、
考えただけで朝波先輩も昔と変わらず鬼になれる人だなと思いました。
(とにかく怖かった
思い出しかないけど、先輩が道場を引き締めていた)

最後に
静岡の長澤一成先輩
と沼津の遠藤貴志の改革精神に感謝と敬意を表します。


押忍!!!

沼津滞在記

(写真は沼津駅前にて)


これから寒くなるみたいですね。


こんなに早くに暖かくなるのはあまりよろしく無い。


やはり寒さに踏ん張るのは必要。


今日は沼津で遠藤貴志とエール交換したのち、夕方からWAVEで日本の至宝GOOFY’S HOLIDAYのリハーサルを見学させてもらう。


ストイックにひたすら打ち込む様はある種サムライのようであった。


内容は言えないが、 何千回と練習を積み重ねてやっと一つの音が出来、その一つの音で人は心を動かし感動するんだと思えた。

静岡県東部にいながらいまだ日本の最前線でやり続ける彼らの緊張感や意識の高さに敬意を表せずにはいられなかった。


孤高な彼らの生き様は、時代が変わろうとこれからも人を魅了し希望の光を照らし続けるだろう。

自分の魂の故郷沼津は、他地域とは違うリズムで一歩一歩進んでいた。

遠藤は大阪のBRYANというバンドを
サポートしている。

自分の嗅覚を信じ、ジャンルや地域に囚われず力を貸すのは
並の人では出来ない 。


見させてもらったリハや環境作りは地道な努力の積み重ねしかない。


魔法なんて人間は使え無い。


中途半端な気持ちでは自分が選んだ道を ここまで歩め無いだろう。

10年来の友人として 、遠藤はずいぶん貫禄が着いた様に思う 。


どんな場所でのライブでも一切言い訳せず、その日見に来た人達の期待に応え続けてきた地力は簡単に崩せるモノではない。

今日見てきたメンバー3人の今後は見ておく必要がある。

これから発表される音源やライブを楽しみにしておいて欲しいと思う。


またグーフィのファンの質の高さや熱さも素晴らしい、俺はいろんな所でライブに行く度に彼ら彼女らから教えてもらう事がいくつもある。


人のやらない事を常にやって来た誇りは
尊いものがある。

まぁ今度のグーフィ 企画も見に行くだろう!!


遠藤は長野県生まれ、
信州上田の武将、 真田昌幸の部分も兼ね備えていると思った 。


真田昌幸は徳川家康の力をもってしても倒す事が出来なかった戦国武将である。
(家康は何度も失敗している)


息子の幸村は大坂冬の陣の際、徳川家康から大名にする話しを持ち掛けられて味方に取り込まれそうになる話しを蹴って大阪方に付き、最後まで義を貫いた。


昨日今日は静岡県の誇りをかなり刺激された。


というか、背筋がかなり伸びた。

これを読んでいる人の中で静岡県に明るくない人がいたら、 自分が何とかするんで行ってみたいと思う人は一度声をかけて下さい。


静岡県の駿河湾の魚は一度食べてみればわかりますが、そこら辺にある味とは違いますよ。

大阪のシュウマイは日本全国ヒッチハイクの旅に出た時に、一番親切にしてくれたのが静岡県の人だって言っていました。


自分は子細あって東京に向かいますが、育ててくれた親や故郷に恩返し出来る事が夢であります。


明後日から東京で活動している西尾佳織さん主宰の演劇ユニット「鳥公園」の 公演に全てを賭けて行きます。

『武士は己を知るモノの為に死す』


遠藤が思い出させてくれました!


これから東京のアパートに帰り、アマゾン(仮面ライダーではない方の)

次回作「家族アート」の原作本を読み込みます。


西尾さんは先月の寒い中、自分が一人で稽古している郊外の場所まで出演交渉の為に訪ねて来てくれた。
(とにかく嬉しかった)


自分をそこまで評価してくれるなら……

己を知るモノの為に
死す。

自分の花を西尾さんの鳥公園で咲かせて 見せたいと思いました。

大儀名分はただそれだけです。

追記、


利き足骨折の中50人組手をする前の長澤先輩の心理状態を察すると、自分だったら逃げていたかもしれないと思った。


同じく50人組手をする予定で、当時の竜南道場で一番怖かった朝波先輩は稽古のし過ぎで心臓が限界に来てドクターストップなり今回は挑戦出来なかったらしいが、
考えただけで朝波先輩も昔と変わらず鬼になれる人だなと思いました。
(とにかく怖かった
思い出しかないけど、先輩が道場を引き締めていた)

最後に
静岡の長澤一成先輩
と沼津の遠藤貴志の改革精神に感謝と敬意を表します。


押忍!!!

2009年02月18日

東京にて

今日静岡の長澤先輩からお礼の電話をいただく。


50人組手の時、かつて竜南道場で20年前に現役でいた池谷先輩やお弟子さんと戦っている姿に感動しました。


と伝えた。
先輩はびっくりして、お前良く池谷先輩覚えていたじゃないか!って
喜んでくれた。

まだまだ我々も現役でやっているんだよって言っていた。


池谷先輩は長澤先輩よりも先輩で戦い終えた後、

長澤先輩に激励込めて耳打ちしていて、先輩はちゃんと池谷先輩に敬意を表していた。


長澤先輩の道場のホームページを見たら、組手の後の写真の一枚が今回挑戦出来なかった朝波先輩に激励を受けている先輩の姿の2ショットだった。


かつて道場の古株の朝波先輩と新参の長澤先輩とでギクシャクした時があって、稽古の後二人だけで道場に残り一対一で組手をして戦った
っていう話しを昔を20年前に聞いた。


それで本気でやりあい打ち解け距離が縮まったみたいで、 長澤先輩が大会に出る前は朝波先輩が練習相手になったって聞いて感動していて、朝波先輩が一戦退いて他の先輩に代わったみたい
だけど、写真見たら
いつまでも静岡竜南道場の先人の朝波先輩をずっと尊敬し立てている姿に
先輩の心意気を感じ
嬉しくなった。
(最高師範は沼津にいらっしゃるので)


長澤先輩は自分に、今度静岡に来たら道場に寄ってくれよ、こっちで公演や映画が公開される事があったら連絡くれよと言ってくれた。

(前にも道場生連れて見に行くからと言っくれていた。)

俺は押忍としか言え無かったけど、先輩にいつか自分の姿を 見せたいと思った。


20年前ほんの少しの期間に道場で稽古していただけの自分に、今でも粗末に扱わない対応をしてくれる先輩に、苦労して道場をやり続けている 人の懐の大きさを感じた 。

長澤先輩や昨日一緒にいた遠藤も、練習環境や練習相手が少ない静岡であそこまで立派な状態で続けていられるのは凄い事だ。

自分は今東京にいる 。


いつもやっている30分のソロパフォーマンスではなく、
1時間30分ぐらいの上演時間の作品で自分出演する鳥公園の劇場公演と、
かつてウチにいたメンバー達がやっているHUSTLE MANIAの4月公演日程が3日しか違わない。


(2年前は両方とも池袋の劇場で、ほとんど同じ日程でやっていた。)


向こうの稽古場や稽古後に飲みやご飯に行く所がウチの近所で、いつも自分が帰りに通りかかる。
(やはり気になります)

もう自分の関わる鳥公園でやるべき事に集中すれば、よその 現場は今ほど気にならなくなるが、彼ららしいモノをやり抜いてほしいと思う。


(今でも彼らは自分をいい意味で意識してくれている。)

これから初めてやるメンツと0から2、3人で稽古だ。

そこで諦めたら静岡や岡山の人に
顔向け出来ない。

それに今週末に横浜相鉄本多劇場で公演する片山達も(演出を片山雄一、制作協力を松丸がしている)多分半端無い作品を見せてくれると思うし、山本も来月は花の寺の本番で負け無いモノをやってくれるだろう。


他のメンバーも今は自分の人生に向き合い己と戦っている。

かつて同じ釜の飯を食った同志達が、これから己の全てを賭けて人生を生き、作品を作る。


自分が東京でNEVER
LOSEを立ち上げて12年目になる。


それぞれがそれぞれらしく、NEVER LOSEがこだわってきた魂を(背負う背負わ無いのは個人の自由だが)見に来てくれたお客様や大切な人に見せてくれるだろう。

意外と自分はもう誰の事も嫌いになっていないんですよ。


あ、先日感銘を受けた戦国武将の島津義弘の話しと沼津と大阪のライブの話しをまたかけなくなりました。

続編楽しみにしてくれている人すみません。

谷本進及びSUSUMU TANIMOTOは品格ある人になれる様、日々研鑽を重ねて行きます。


明日は更なる進化を求め、午前中から西尾佳織さん主導による鳥公園の作品。タイトル「家族アート
」の完成に向かって、

新たな土地に降り立ちます。

押忍!!



横浜にいます。

横浜にいます。

奈良県から友人の山中君が関東に来ていると連絡を受けていて、横浜に行きたいと言う事なんで関内
駅にある関東一美味しい食べ物屋を案内しました。


まだまだ横浜を堪能しています。

久しぶりに横浜を拠点に活動するスタジオソルトのメンバーとも再会します。


今からアントニオ猪木生誕の地である鶴見に行きます。


1.2.3


よいしょ!


ダァ〜!!!


2009年02月19日

チェゲバラ映画2部作を見る。

映画を見た。


キューバで革命の手助けして成功ののち、全て捨ててゴンゴに渡り、それからボリビアに行き、
最後はそこで処刑された。


ボリビアの国では相手が、アメリカの援助の元に兵力を投入をされてしまい。


最後は捕まり処刑されてしまうが、ゲリラ戦のみであそこまでやってしまうのは 凄い。

彼はアルゼンチンの出身の医者。

常に弱いモノの味方であり、困っている人をほっておけない性格や、正義に生きる様はカッコいい。


お前らには屈しはし無い!


早く処刑しろ!

って所は憧れる。

自分には何が出来る


この先の人生はまだまだ決まっていないが、とことん反骨精神でいてもいいし、 運命に逆らわず行きたい。

例え他人をがっかり させても、ど根性は
見せたい。

今日奈良県の山中君 と愛の深さについて語り合った。

これからは親孝行を心がけ、本当に人と愛し合う事は出来るか?


それについてやってみたい。

あといろんな本を読んでみたい。

メディアの報道では麻生総理がピンチに立たされている。

自分の上司は麻生総理でもあるん(もう一つの稼業で)で、 総理を寄ってたかってみんなで叩いているのを見ているとかなり頭に来る。


簡単に主人を裏切り、造反してしまう人達にも残念に思う。


今日帰りに電車で、白人2人に1人で喧嘩挑んだ人がいた。


何に頭に来たのかわからないが、熱いモノを感じた。


が、
欧米人が変な日本語で言い返すから笑いをこらえのが大変だった。



2009年02月20日

転機

パソコンで見るYOUTUBEの動画で、極真空手の総本部にTV番組のレポーターが行くという30年ぐらい前の番組が見れて、 かなり上がった。

極真が世間の前で、どれだけの事が出来るかって見せる所で、ブロック塀を拳で割るってやつをやっていて、

茶帯から挑戦して行ったが
出来なくて、カメラの前でやるから緊張もあるけど…


それから大山倍達総裁が割った者は段を一段上げるって言った。


次に初段が次々挑戦しても無理で、メンツに関わるから総裁は苛立ち始め、もっと死ぬ
気でやれって言った。

無理かと思われる空気が出来始めだが、

最後に4段の方が成功。
(拳が腫れて血が出ていた)


その方はのちに長澤先輩が先日挑戦した5段になったみたい。

その後は真剣白羽取りなどもあり、手刀(チョップ)による
自然石割りをある師範が挑戦。


自然石は瓦やブロックと違い固く、切れ目も入れられない。


第一に石相手では手が壊れてしまう。


並の人には到底無理だ。

自然石は3つあって、師範は「えいしゃあーって」声を上げ渾身の力で2つ粉砕しだが、やはり3つ目の段で割れ無くなる。


何度も挑戦するが、割れない。


一回一回が痛そう。


師範が諦めかけた時


大山倍達総裁から激が、

「お前!今、諦めただろう!


無理だと思っているから出来ないんだ!!


(割れなかったら)これからこれで飯が食えなくなるんだ!!!



それから師範は明らかに頑丈な自然石を手で割った。


感動した。

シンプルだが、自分には一番わかりやすく伝わった。


その後インタビューを受けた師範が「この石はー」って言ったら、

総裁が「つまんない言い訳なんかするんじゃない!」って一喝。


総裁のカリスマ性は 凄い。

たしかに、「これでは飯が食えなくなる」 ってわかりやすいな。

以前から活動している、伝統ある他の空手の流派も、
たくさんあるし。

当たり前だが、我々
はもっとその気持ちを忘れてはいけないと思う。

その昔12チャンネルだがゴールデンタイムのTV放送の番組「アントニオ猪木王決定戦のグランドチャンピオン大会」が行われた。


予選から上がった熱狂的ファンの人達やプロレス誌の記者やプロレスネタで食っているタレントなど各界の代表が参加した。


その前に番組で春一番さんを破って第二代猪木王になっていたので、
当然オファーが来て自分も参加した。

自分は準決勝ラウンドで(ヨン様のものまねやネットのブログに悪質な死ね等の書き込みが続出し逮捕者が出て話題になった)スマイリーキクチさんを破りファイナルに進出。

決勝戦はプロレスラーの藤原喜明組長に技をかけれなければ
、解答権が与えられない。

勝ち抜いた何人かで争うが、藤原組長の恐さを知っているみんなは始まってもなかなか手が出せない。


決勝戦が始まり最初に元週刊プロレス編集長でタレントのターサン山本!さんが組長にタックルした。


山本さんは会社の部下に自分の奥さんを寝取られたり、子供とも別れ、取材拒否
をいろいろ受けながらも信念貫き、
東京ドーム大会を開催したりした世間と戦った人である。


人生の修羅場をくぐりながら、編集長を解雇され仕事と家庭を無くして、
ちょっと前(番組当時)に這い上がっして来た人である。

放送されなかったが、組長に見事絞め落とされ海に落ちた。

司会の浅草キッドさんは、山下達郎に似た山本さんの風貌から、「巨大なクラゲ が海に上がった」って笑いに持っていった。


その他争うメンツは春一番さんや江頭2:50さんや三又又三さんとかの強豪だった


自分は当時その直後にアゴラ劇場で開催されるの夏のサミットにNEVMERLOSEで出るからケガはしたくなかった。

だが、ここで何もしなかったら男として恥ずかしいし、公共の放送で自分の行動にいろんなモノの未来がかかっていたので、
(肉体言語しか方法無いし)

他のモノより先手必勝で行こうと、あまりにも無謀だが組長に飛び掛かった。


もちろん返り討ちにあって、関節技をガッチリ決められた。

その頃はアサヤンとかの流れで藤原組長は容赦無くやるのが売りで、自分の腕が反対側に曲がっていた。


スタッフや出演者が総出で割って入ってくれて、やっと収まった。


もちろんそこは放送でカットされた。

が、

捨て身になった自分は、諦めず再度飛び掛かった。

そしてなんと藤原組長を倒し、グランドコブラツストをかけた。

そして一ポイント。

その次に向かって行ったのが
、トルコの国営放送で全裸になり逮捕されしばらくTVにでられなくなっていて、この番組が12チャンネルに4年ぶりに復帰するTV番組だった江頭さんだった。

やはり後が無い人達は違う!!

そして収録が終わり
、その日のロケ中は自分に見向きもしなかった人達が、君は何モノなんだって話しかけてきた。


波はあったかもしれないが、今でもそうやって行く事にしている。
(まだまだ足りないか!)


だって自分は基本的にはこのアーティストという稼業では、どこの組織の後ろ盾も無い、素浪人である。


すてごろで生きている。

今のTVは、ほとんど影響力ないし、そんな昔の事を自慢したい訳では無く、


どんな場所でも、たとえ一人しか見ていなくても、
(一切言い訳せず)

自分の存在を問われる場面や場所が目の前にあったら、あと先考えずにやり切るべきである。

もちろん世の為と愛する人の為に生き、


(もしくは好きな人の役に立てるのが嬉しい。)


義を通し、

つまらない事はしない。


自分は、やるんならこんな方法が性に合う 。


つまらないお世辞や
情けやお金は受け取らない

(もちろん自分もしないし)


もっと自分らしくありたい!

次の新作舞台の発表まであと2カ月。
(とにかくやっと回って来た、いい機会)


毛高く、
そんな事を大切にしたい。

自分のしている事は、あまりにも自分を信じなさすぎてカッコ悪くて、後々に後ろ指さされる
事は無いだろうか?

恥じらいや品が無くなったら、この世界では終わり。

今回書いた事は、とても大事だ。

ずっと忘れては行けない!!


「己に打ち克て無い奴のモノを見ても感動しない!!」

大変だからってすぐに助けを求めるのは 、どうかと思う!


困った時だけ、人に求めるのは違う。


絶対に違う!!

持ちつ持たれつじゃないとダメだ!



そんな軽いのは、認められない。

特にこのヤクザな稼業ではな。

2009年02月21日

前向きな閉店

私の聖地。

故郷の静岡市葵区七間町にあるBAR T&N パワーホールが今月一杯で閉店となる。


昨年の11月、10周年を迎えたパワーホールにたくさんの人が激励に来てくれ、自分のソロを上演した 思い出深いあの店。


マスターの11周年は無理そうだと言う言葉がこんなに早く現実になってしまった。

ツアーが出来たら自分の同志をお店に呼びたかった…


さっきマスターの尚ちゃんと話したら前向きな様子だったんで良かったが、帰れる居場所が一つ減ってしまうのは寂しい事だ。


自分の冬の時代にお世話になった、忘れえぬ聖地。

あそこの店に来る様々な人達との交流から人生の深さを学んだし、かなりいい時間を過ごさせてもらった。

5年前当時ひきこもった自分は、近所のビデオレンタル屋しか行けなかったから、そこで木曜日と日曜日にバイトしていた尚ちゃんと親しくなり、


友人としてお店にも行き普段も遊び、挫折や失恋の
痛手を癒してもらった。

あんなに貴重な経験はなかなか出来なかった。

本当に懐かしい。

だがもう悔やんでもしょうが無い。

でもあの時間があったから今の自分がある。

あそこで味わった事は、これからいろんな人に伝えて行きたい。

マスター尚ちゃんとの一生の付き合いは続くしね 。


自分の力が及ばず残念だが、

自分が何も言わないのにお店に自分の公演のチラシを張ってくれたり、出演したビデオを常連さんに見せてくれた。


10周年で初めて自分が表現している所を見せられたのは良かったが、尚ちゃんは
あまり集中して見れ無かったみたい。

絶対にまた静岡でやるし、機会があったら舞台に尚ちゃんを上げてみたい

(尚ちゃんの歌はコンテストで優勝するぐらい上手い。)


最後に、

自分はいつも
生きているって実感出来るのはステージに立っている時だなぁと思った。

これから今の何倍も努力して、何回でも何回でも稽古して、 名実共に一人前にならないとな。

それまでは、
死んでも死に切れないよ!!

写真は東映映画「ビーバップハイスクール」の撮影で使われ、本編でも出てきた。

先日の帰省の時に通った。静岡市のゴールデン地下街の喫茶店。


小学校2年の時のガス爆発で、あそこら辺は被害を受けた。

家から煙りが見えた。

小学校3年の時に、そこの近くにあった河合体操教室に通っていた。

初恋の相手もそこに 、通い出した。


あぁ!


帰りのバスは一緒なのに、


あの時は告白も出来なかったな!!


相手な今幸せな家庭を築いていると思うので、自分は自分の道選び、これからの舞台でも自分の戦いをします。


押忍!!


2009年02月22日

腹括って

自分の次回作の「家族アート」って作品にどれだけ腹を括ってやれるかが問われる。


でもあまり力入り過ぎて周りが見えなくなると大変なので、 自然体でと思っています。


やはりそれなりに昔からやっている東京でやるって事は、 多少は注目度か期待感はあるだろうが、そういうのを全部受け止めた上でSUSUMU TANIMOTOのクレジットでやる時みたいに自由に 攻めの姿勢でやりたいと思う。


今回は多少実績のある関東での開催なので谷本進(NEVER LOSE)の方が知っている人達にはわかりやすいから、あえてそのクレジットにしましたが、自分はそこに囚われない方が この作品はいい気がする。

まぁこれから先は予想がつかない面白さがあるんで、それを楽しみにして行きたい。

今日は横濱リーディングコレクション三島由紀夫を読むのAプログラム田口アヤコさん演出と片山雄一演出の2作を見てきました。


人もたくさん入って 、らしさも見れて満足でした。

劇場作品独特の緊張感や自由な感じを見れて懐かしかったです。

片山演出の方のいい評判をみんなから聞いて、さすが 片山だなと思いました。

松丸琴子も制作を一生懸命頑張っていました。

横浜相鉄本多劇場で、久しぶりの様々な縁のメンツ達と会って気持ちが和みました。


劇場行ったら横濱リーディング主催の矢野靖人(shelf)君に気を使って
もらって何だか、かえって申し訳なかった感じがしました。


そんな事思うのはNEVER LOSE主宰のくせに何もして無いからかもしれないけど、出演者や関係者から歓迎の挨拶されると勘違いしてしまいそうになる。


でも実際舞台に立っている自分は自分では見れないから、NEVERLOSEの舞台で出ていた谷本進が自分だとはピント来ていないのもあると思う。

舞台写真を見ても、自分とは違う人と思ってあまりひっかからない。


自覚が無いのかやはり間抜けなのか?

でも今日みんなが気を使って挨拶してくれるのは嬉しいし悪い気がしないけど、片山や松丸や関係者が凄いんであって自分は今まで周りに助けられたようなモノだから、今は謙虚な気持ちでいます。

今回の出演者や関係者と主催の矢野君に拍手です。

明日まで横濱リーディングコレクションはやっているので、行こうか迷っている人は行って正解だと思います。

特に片山雄一演出作品は見る価値ありますよ。


自分も今日見ている時、こいつとずっと一緒にやって来て良かったなと思えました。


それに自分に一度でも関わってくれた人達が上手く行ってほしいと心から思っています。


なんか谷本らしくないと思われるかもしれないが、本心だから偽り様がないです 。

もう自分一人で何もかも出来るとは思っていませんから…


明日の日曜日は久しぶりに3年前から行きつけのジムにでも行って、太極拳や筋トレやストレッチしてきたいと思います。
(またダンスもしたりして)


ジムでずっとやってきた運動をやれば、また目が覚めるように思います。
(最近はカラオケボックスばかりだったので…)


それからまた自己改革し始めようと思います。

今週は有意義な一週間にしないとな!!


誕生日を迎えるKAZNOSTICFRONTをヒューチャーしたイベントで
神闘歌のライブを見に岡山行けるかな?


とにかく腹を括ら無いとだめだな。


滝に打たれたい気分だ!!


滝の修行で有名な埼玉県の秩父や千葉県の清澄山で、極寒の滝に打たれるのも悪く無い気がする。


現場仕事をもっとやらないとダメかな?


これを読んでいただいてるみなさんは、滝に打たれたいと思う時ってありますか?



出産おめでとう

人生の節目を共にし、長い付き合いをしている盟友の清水護とのぞみ夫婦に今日無事女の子が生まれた。


と、
先程連絡を受けた。


何だかこんなに嬉しい事は無い。


洋服屋のanglasadを立ち上げてから後輩である護の将来をずっと気にしていたから、家庭を持って子供が生まれて、これから仕事もより飛躍が期待される。

誰よりも護の独立を勧めたのは自分なんで、これからも自分に出来る事があれば協力しお店にも顔を出しつづけたい。

昨日は横浜で片山達の芝居観た後、久しぶりにAKIRA君と指しで
飲んだ。


今度はヤブキタカユキも交えて飲みたいな。

自分には友人が宝だ!!


昔から一緒に踏ん張ってやってきた関東勢もみんな深い人生を経験し、一回り大きくなっていて嬉しかった。


今日電車で外人が誰よりも先に年輩の方に席を譲っていた。

2009年02月23日

誇り

今日は再び神奈川県は横浜市に行きました。


昨日の続きリーディングコレクションのBプログラムを見に行きました。


(最近横浜ばっかり行っているな。)


石神夏希さん演出作品と矢野靖人君の演出作品 を見てきました、どちらも良かった。
言い忘れたけど、昨日の田口アヤコさんの作品も好感がもてました。


矢野君達がやった三島由紀夫の「班女」は、自分がまだ駆け出しの頃に兄弟子達が
やっていて自分が学校の発表会でやろうとしていた作品で、一度人前でやった事があったけど、今矢野君の組をみて見ると予想していたクオリティの高さを越えて見入ってしまった。
(出演者も川渕さんや櫻井君など知っている人が何人かいた

やはりみなさんの充実している感じがそこに見れて、これならこの企画や劇場全体が報われる気がして良かったと思う。


一応今回参加した組の主宰者という事で、
A.Bの組の2つとも協力団体という事で招待していただきました。

実は今回家族ア一トで一緒にやってもらっている鳥公園の西尾佳織さんは元々矢野君の繋がりで、
2007年7月ウチの東京芸術劇場の廃校366.0の公演の際に西尾さんが制作の手伝いをしてくれた際、初日だったのでバタバタしていて全員に挨拶出来ず当日付いてくれたスタッフさんの顔と名前を把握出来なかった。


西尾さんが初日打ち上げに出ていただいてその帰り際 ちょっとだけ出口で挨拶出来て、その時「お話しも出来なくてすみません、今度話しましょう。公演やるときは見に行きますよ」と連絡先を聞いた。


それから縁が続いて昨年3月に中野でやった西尾さんの第一回公演の鳥公園を見に行ったり、西尾さんが所属する劇団の乞局の公演を見に行ったりした。


そんな普通の繋がりではあるが、
自分は
今、

次回作にやり甲斐が出て来ています。


これは繋がりを作ってくれた矢野君にも御礼を言って筋を通して気持ち良く やりたいと思った。

(昨年カオス君とやる件で元々繋いでくれた片山に報告が遅れて相手に嫌な気持ちにさせた事を後悔したし)

それ目的で劇場に見に行った訳ではないが、筋目や義に生きる自分としてはもちろん作品に興味があったから見に行ったんだけど、


終演後に矢野君が挨拶に来てくれて、感想と労をねぎらい近況を話した時に、御礼を述べる事が出来て良かった。

去年ゲストで出演した団体の半分は廃校つながりで誘ってもらった。


今日はその流れでもある横濱リーディングコレクションを全部見届け、それまでの流れを経て自分に取っての廃校はこれでケジメがついたように思う。


あと前にも書いたけど、自分は照明やスポットライトを浴びている時が一番好きでどんな場所でもその瞬間をいつも楽しんでいる。


昨日アキラ君(POUNDROCK)と二人で飲んでいる時、今の自分のやっている事は、あしたのジョーみたいだねって言ってくれて嬉しくてそれから思いかえしたんだけど、

やはり漫画「あしたのジョー」の最後みたく真っ白な灰になれればいいな!!

自分に既成の価値観はあまり無くなっている。

輝ける事があれば本望です。

もちろん先の話しかもしれないが家族や子供が出来る予定が出来たら、その時にまた考えるだろうしね。

36歳ではまだ社会でいうと若手から中堅くらいだ、生涯現役だと折り返しぐらいか。


余生を送りたいと思うのは早いが、もうこれでヤメてもいいと思えたら潔く退きたい。

だがまだ今はたとえ一人になっても戦う覚悟は出来ているんで、死ぬまで諦めない事もありえますね。


俺の一年後は何しているんだろうね?

明日はNEVERLOSEから別れたメンバー達がやっているHUSTLE MANIAの稽古場に陣中見舞いに行ってこようと思う 。


奴らも変わらずのスタイルで頑張っているしね。


名前は違うが元は自分の仲間や子供達です

これから自分も4月中旬の彼らと同じ時期に公演するんで今しか行けないから、彼らが新しく作り出した世界をしっかり目に焼き付けてきたい。


彼らも凄いが、あと凄いと言えば自分の1番弟子NEVER
LOSEの長谷川宏樹だ。


今月7日のSUSUMU
TANIMOTOの大阪市はミナミでの初上演の際、出演前だいたい午前3時すぎたあたりだったか、

酔いが回ってきた
人同士の喧嘩がこれからやるBARの入口で始まってしまった。


大阪人同士だからかなりな勢いであった。


そこに出番を控える自分に飛び火しないように長谷川宏樹が
、身をていして仲裁に入った。


かなり激しい言い合いになっていた。


自分がパフォーマンスやっている時も声は聞こえだが、じきに収めてくれた。


それから入口に立ち
、人が満杯でもう中に入れなかったのもあるが、宏樹が酔っ払いが入ろうとするのを体を張って静かにさせ止めてくれていた。


宏樹は結局楽しみにしてくれていた俺のソロは見れなかった

(前からアウェイのイベントでは誰かが体張って、騒ぎすぎる人とのトラブルを防いでいた)

それ以外の行動でも自分を守ってくれて、大阪の時の長谷川宏樹は神に近かった。


さすが10年も離れずについてきてくれた男だ。


もう一人NEVERLOSEの戸枝政志も俺が昨年9月の後半に岡山県倉敷市で開催され伝説となっついる「厳状打破」の野外イベント
に出演した際に、
(名のある人は誰も出なかったのに、その日400人も動員した)


夜から昼過ぎまで仕事してそのまま寝ずに埼玉から倉敷の山頂まで
来てくれて、出番直前の瞬間までいろいろ
サポートしてくれて、午前1時雨の中自分のパフォーマンスが始まり、前半が安心出来る内容だったのを見届けたら、意識が遠のいていき気がついたらステージ裏で寝てしまっていたらしい。


やり終えた俺に起こされて気がついたみたいで、奴は極限状態で支えてくれていた。

誇るべきNEVER
LOSEの魂を今も持ち続けている、長谷川宏樹と戸枝政志の二人には、いつかこの恩を返したいと思っています。

最後に、
「横濱リーディングコレクションに携さわったみなさんお疲れ様でした。

非常にいい刺激をもらいました。」

そして
自分は、これから尊敬する高倉健さんの映画みたいに単騎千里を走り続けます。

誰かこれからの俺に付いて来れる人はいるかな!?



2009年02月24日

安住するな

今日はハッスルマニア稽古場で出稽古させてもらいました。


かなりみんなまとまってやっていて、チームワークの大事さを改めて感じました。


必ず彼らは一つにまとまって、最後には彼らしい作品を作るんだろうと思いました。


それぞれ助け合っている姿が真っすぐで
暖かかった。


もう安心して見ていられた。


みんなどうもありがとうね!!


今日は他にいろいろ書きたい事もあるが、愚痴になってもつまらないので今日は静かに寝ます。

日本中さまよっている自分としては死に場所を見つける事も大事かなと思います。


だが今までの経験から、自分の次元は感覚でしかわからないが、自分でも不思議な所に行ってしまっている気がする。

なんか人が想像できない所に行くかもしれない。

また突然動き出すかもしれない。


だが今、次回作に新しい自分を捜しているのは確かだ。

結果的にいろんな モノを捨ててしまったようだが、ちっとももったいないとは思わない。


が、
一時でも一定の所に安住したい。


このままでは生きている意味も考えてしまう。

とにかく利を求めるよりも納得しないとダメだから、明日も
精一杯やるしかないな。

伝説のボクシング(拳闘)漫画

あしたのジョーが最後に言っていた。


「そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら


不完全燃焼しているんじゃない

ほんの瞬間にせよ

まぶしいほど真っ赤に燃え上がるんだ。

そして後は


真っ白な灰だけが残る…


燃えカスなんか残りやしない…

真っ白な灰だけだ

そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ


わかるかい紀ちゃん


負い目や義理だけで拳闘をやっている訳じゃない

拳闘が好きなんだ


死にものぐるいで

噛み合いっこ

する充実感がわりとおれ好きなんだ

たしかにステージや舞台の上でなら、
燃えているような充実感を何度も味わってきたな。

自分も始めから最後まで、今まで誰もやろうとしなかった事に挑戦し続け、安住せずこれからもパイオニアであり続けようと思います。


自分しか行けないあの領域に辿りつく為に、


日付け変わって


2月24日KAZNOSTICFRONT(神闘歌)誕生日おめでとう!!


今日誕生日イベントが行われる岡山市まで、何とかして行けるように調整しようと思ってるよ。


今日は
おかげ様でソロデビュー して一周年が立ちました。

KAZの誕生日プラス、一周年記念のお祝いです。


そして今日から2年目です 。

リセットして


新たな世界に向けて挑戦したいですね。

一人で死ぬのは寂しい気がする……

たがその恐怖にも打ち勝てればいいが、まずは親孝行しないとな。

感傷に浸りすぎるのは良くない。


寝て起きたらまた新しい一日が始まるだろう。


お休みなさい。


2009年02月26日

熱い友情、固い絆

「糸」 作詞・作曲 中島みゆき

♪こんな糸がなんになるの?

♪こころもとなくて震えてた風の中


♪縦の糸はあなた、横の糸はわたし、

♪逢うべき糸に出会える事を

♪人は仕合わせと呼びます。


なんか今日はそんな気分だ。

人と人との絆について考えた。

自分はまだこの東京 でやれるのか?

とにかく4月の舞台はそれのターニングポイントになりそうだね。
(4月は21日22日23日で平日の夜19:30からの公演のみになります。)

全ては糸を信じられるかだね。

KAZNOSTICFRONTの2月24日岡山イマージュでのバースディ ライブは地元岡山県内と以前カズが住んでいた広島県福山市から昔からの盟友が平日にも関わらずお祝いに駆け付けてくれて、心温まるライブを見せてくれたみたい。

今回は岡山へは行けなかったが、熱い友情の話しを聞けて胸が熱くなった。

自分は来月3月15日前後に広島と岡山と大阪に行きます。


広島で一つ夢が叶うんです。

これから些細な喜びを大事にしたいし、
些細な幸せを喜べる
人になりたい。


人は運命には逆らえません。

きっと今やっている事も大きな意味があるんだと思います。

前より固い絆を結べる関係こそ、尊いと思います。

愛と義理人情でどこまでも行きたい。

これからも大切な人達を心から喜ばすことの出来る人でありたい。


逢いたい人がいるって事はとても幸せな状態だと思っています。


行きたい場所でもいいし。


(相手が家族でも先輩や後輩でも友人でも恋人でもそうだと思う)

人に必要とされる事でもいいし。
人の為に自分が出来る事を一所懸命やるのでもいい。

そんな些細な幸せを
感じられる自分でありたいと思う。


むしろそれしかいらない。

みなさんの生き甲斐はなんですか?

生きていく為にシノギを得るのは必要だ
けど。

自分の為に作品を作るのも生き甲斐かな?

♪忘れないで♪


♪わたしの事より♪


♪あなたの笑顔を忘れないで♪


「一期一会」より


作詞・作曲
中島みゆき

2009年02月27日

死にもの狂いの精神

昨日は朝から病院で月に一度の定期検診に行って無事を確認してから、 午後はカラオケボックスで個人練習をしていました。 (来週開けから現場仕事が始まります。)


夜は次回作の「家族アート」の原作本と武士道の関係の本を読んでいました。


中でも、


「目的を果たす時
、自分は助かろうと思うと失敗する。」

「人を生かす為に自分が犠牲になる。」

「命懸けの1人と命が惜しい10人が戦ったら.命懸けの1人には敵わない。」


その部分が印象に残った。

自分の信念は常に行動あるのみだから、
そういう精神論はピッタリくる。


この行動力で昨年から今日まで一年間で、

東北は山形や仙台から本州を通り、九州は小倉から鹿児島まで日本列島を横断し、四国は香川と愛媛と徳島にも行き。


東北と本州から四国と九州まで、様々な都市で旅をしながらソロパフォーマンスを全国あらゆう場所で22回も上演した。


他に
劇場公演へのゲスト出演は4つの劇団で20ステージ以上にも及んだ。


今年は岡山から始まり、渋谷、沼津、大阪と怒涛のライブパフォーマンスをしました。


そして2月24日に1周年を無事に迎え、


ソロ活動2年目に突入しました。


そして
一発目は


4月に(21日から23日まで)東京都 神楽坂die pratze(ディ・プラッツ)にて「鳥公園」に出演。

鳥公園#2
『家族アート』
原作:伊藤比呂美
脚本・演出:西尾佳織
Mental.Shocking.Arts
2009参加作品

サイト | http://birdpark07.blogspot.com/ ※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。
(管理人さんへ
NEVERLOSEのホームページと進の部屋は鳥公園とリンクするんでお願いします。)

5月は16日に名古屋市にある愛知県芸術劇場において行われる「愛知県演劇祭」において、 SUSUMUTANIMOTOsoloperformance「37」

作・演出・刈馬カオス
演出・出演・谷本進

の上演が予定されています。

6月はホームになりつつある岡山県内で「厳状打破」が開催されるなら今回はエントリーしたい。

そして自分の誕生日である8月17日は、岡山市にあるPEPPERLANDで昨年き続きBIRTHDAYライブを光栄にも企画していただけそうなので楽しみにしています。

それからいつでも自分が大切にしている人達のサポートや協力を積極的に行いながら、
オファーを受けたら筋が通っている話しなら、どなたとでも前向きな協力や出演をします。

それと自分のソロの次回作になる脚本や 簡単なあらすじやアイデアなどを、

広く一般の方からの応募もまだまだお待ちしております。

もっともっと
自分は武人(サムライ)でありつづけます。

他国の侵略などの、
有事の際には日本を守る盾になります。

自分の舞台を見てもらう事によって、
人に生きて行く勇気を与え、
いざとなれば国民の命を守り抜くのが自分の使命です。

愛する人の為に自分の人生を捧げて行きたい


もしかしたら
場合によっては、
もっと大胆な行動や、
今までの生活や人生を変えるような動きに出るかもしれません。


2009年02月28日

嬉しい再会

昨日は夜に外でご飯食べながらTVを見ていました。

フジテレビ系で歌謡曲の50年というのがやっていて、小学生だった80年代
がかなりツボに入り
ました。


中でもTOM☆CATが良かった。


あの名曲は今聞いてもいいし、当時としても時代が早かったけど色褪せていなくていい。

ボーカルの女性は今工場
で働きながらも音楽活動をしている。
みたいで凄いなカッコいいなと思った。

寝る前にちょっとここ一.二年の事を振り返って いました。


嬉しかった事や悔しかった事、いろいろありました。

だけど続けてこれたのは、
ひとえに見に来てくれた人達のおかげで す。


楽しみにしててくれる人がいたおかげです。

いろいろ場所で会いましたが、どれだけ 心強く感じたかわかりません。

自分は不器用なんで感謝の気持ちをどう表していいかその時はわからなかったですが、やれてこれたのは見に来てくれた人達のおかげです。

この一年、それが1番嬉しかった事です。

だから
おのずと、自分に厳しくやりたい気持ちになり、
次もその期待に応えられる為に何をすべきか見えてきました。


今までよりももっと 濃密な時間を作品の為に費やさないといけないし、心身共に上げていかないといけません。


(自分が人に見られる
立場でいる為に)

そんな事を考えていたら、小学校の同級生たけちゃんから連絡が………

俺の実家の近くに住んでいて小学校の同級生で同じクラスだった泉谷真とつながったらしく、
早速彼のプロフィールを見たら(MAKOTOIZUMITANI.COMで調べると出ます)アメリカに渡り世界で活躍するドラマーになっていて、有名な外人のミュージシャンと一緒にやっていて、

なんと!!


レコーディングに参加した日本のミュージシャンは、

浜崎あゆみ。

氷室京介。


LOVE PSYCHEDELICO 。


おいおい!

ラブサイケデリコは 今でもたまに連絡を取る中学の部活の後輩の佐藤直樹が ギターやってるじゃん。

静岡つながり恐るべし、彼らは一時期同じ学区に住んでいたんだな 。

そして海外で一緒に レコーディングしたのか。


泉谷君は小学校の高学年で愛媛県の松山市に転校したが、自分より頭も運動神経も良くて、その前もよく転校してたみたいで、いろんな土地で過ごしていたから土着の自分らよりなんか洗練されていたっけなぁ。

親も大手の会社に勤務していたし、頭が良かったからミュージシャンになってるとは驚いた。

同じクラス(5年1組)では室伏謙一が総務省に勤めて今は大手の会社で頑張っているし、
村田真が絵の世界で何回か上野の美術館で入選したり、
女子では昔だけど嶋田公香さんが女優になり全国ロードショーになる映画に何本か出てレンタル屋に行くとあるらしい。
(自分のかつての事務所の先輩である女優の工藤夕貴さんとかと共演していたし)

自分達のいた1組は当時の小学校の5クラスで一番落ちこぼれで運動会とかの行事でも目立たなかったのにね。


今でも付き合いがあるけど1組出身はみんないいやつばかりだ。

大久保先生もいい先生だしね。


なんか嬉しいな。

と思っていたら、泉谷君本人からメッセージがきた。

何とラブサイケデリコの直樹と 転校しなければ同じ中学通っていたんだ、って静岡の話しして二人ですでに盛り上がったていたみたいで面白かった。


(直樹も頭良くて有名私立大学に入ったのにな)


泉谷君はすでにたけちゃんとかから聞いて、進の部屋は見ていてくれていたみたいで、小学校の時一緒にソフトボールやった事も覚えていてくれた。
(海外に渡って活躍している、泉谷まこちゃんは素直に尊敬できる)

いつか再会出来るのが楽しみだ。


これも繋げてくれた、たけちゃんのおかげだ。


ありがとう!


これからも同じクラスだったメンツとの付き合いはみんな大事にしていきたいな。


しかし海外にいる同級生と繋がるなんて、インターネットは面白いな。


だけど、いろんな人と楽しい酒を酌み交わすのもいいが、自分の本分は作品を見てもらう事。


まずそれを突き詰めなければいけないという事は忘れてはいけない。

最近はどこでもみんな優しく迎えて接してくれるが。


でも独立して新しく始めた時のような追い詰められた緊張感はどこかで肝に命じて常に持っていなくてはやっていけないな。


やりたい事はまだまだあるし、自分の道でもっと広い世界を見てみたい。

だから死に物狂いの精神でやらないとな。


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