劇団青年団の俳優でもあり自分の古くからの盟友でもある、ひらたよーこさんが主宰(歌とピアノ担当)しているバンドである。
ことばをうたうバンドであるが、どうやらよーこさんは先のフランスの劇場での舞台本番中に転倒し 、右腕の筋を切ってしまった様なんだ。
本番は3月12日に東京の阿佐ヶ谷でやるけど、よーこさんは左腕一本でやると言っていてかなり心配していた。
でもそんな事できるのかな?
っと思っていたら…
よーこさんが以前からファンであったピアニストの方の応援で何とか敢行する模様。
ひらたよーこさんは仙台とか岩手とか沼津(昨年夏に共演した)とかフランス とかイタリアとかアイルランドとかいろんな所でやっているが、知り合いの多い東京は緊張して本調子が出ないって去年ぐらいに聞いていたから、
かなり不安だろう。
ましてや独創的な演奏をしていたから初めてやる人のピアノで歌えるのか心配である。
今頃かなりテンパッテいるんだろうと思う。
しかしバンドはアンサンブル だから本人だけの問題じゃない から、並大底な話しではない。
あのよーこさんの気性を考えたら、かなり悔しいだろうと思うし、自分がしてやれる事は残念ながら無いから、ともかく祈るしかない。
当日はもちろんかけつけるが、少しでも緊張を和らげてあげたいモノである。
客席から応援するつもりではいるが、見ていてヤバイと思ったら声かけたいけどよーこさんの力を信じながら見守りたい
。
ひらたよーこさんは 、この道の先輩でもあるし(旦那さんは平田オリザさん)尊敬すべき人なんだが 、それだけではないんです。
さかのぼる事2004年8月末。
俺は再起をかけた東京進出の最中に、心身の不調から耳が難聴になりドクターストップで無期限の活動停止に入り静岡に帰ろうとする時だった。
失意の元に帰り支度をしていたら、一本の電話がなった。
よーこさんからだった。
「谷本君が帰っちゃう前に見せたいモノがあるから」
と言ってくれて、俺も驚きで動揺し何の話したか覚えてないけど何かの芝居 だがコンサートだかを見に行こうって話しだった。
都落ちする俺の為に(俺が好きそうなモノを選んでくれて)、エールを込めて誘ってくれたんだと思う。
その日はNEVER LOSEメンバーの自主公演の稽古に顔を出す予定だったから一緒に行けなかったが、事務所もやめてどこからのオファーも無くなり(長期休業は2度目だし)業界の誰からも相手にされていなく一人故郷に帰ろうとしていた自分によーこさんだけ声をかけてくれた。
(復帰までに至るエピソードは他にもあるんでまた書きます)
そんな恩人の一大事に放っておくわけにはいかない気持ちでいっぱいです。
それと「あなんじゅぱす」はよーこさんが ある日家の椅子だかソファーに座っていたら頭の上に現代詩人である正岡子規の詩集(多分オリザさんの本で夏の世の音)が落ちてきて、何だろ?と縁を感じて読んでいたらその詩にメロディーが浮かんでそっから始まったって聞いた事があった。
俺も
CD聞く前は何か難しそうだと思っていたらライブを録音したアルバムの曲「東府中の踏切で」を聞いた瞬間かなり感動してしまってそっからずっと見たり聞いたりしています。
もちろん公私ともにずっと付き合いはあるんだけど、俺が最初の厳状打破の野外を見に一昨年9月の倉敷市の真備にいって、それから愛媛のメンバー(マイメン)菊池之成に会いに松山市へ行って「坊ちゃん」や「千と千尋の神隠し」で有名な道後温泉に入ってその前で
写真を撮ってよーこ
さんに送った。
伊予の国の松山市は、正岡子規が生まれた育った場所でそこに行ったから「今ここに来ています」と記念に知らせた。
そこで菊池之成と合流し、松山市で同じ谷本さんという店主のやっているDECOという店で飲んでいたらよーこさんから着信。
「アタシもいま道後温泉から出て来た所!!」
凄い偶然である。
よーこさんは「こまつ座」という「ひょこりひょうたん島」の作者である井上ひさしさんの劇団の旅公演中だったみたいで、本番の前の日に松山市について道後温泉に入っていたらしい。
まさか同じ時間に道後温泉に入っていたとは驚きである。
向こうも写メを見て
かなりビックリしたって言っていた。
まだ他にも伝説はたくさんあります。
そんなこんなで明日の夜に阿佐ヶ谷NextSundayでやる、あなんじゅぱすの「春宵コンサート」の武運を祈りたい。
(もう泣きそうである!!)
自分が信義に熱いのは、関わってくれた
人からの影響もある
。
最近はシンクロ率が上がり過ぎて、覚醒
しそうである。
明日も楽しみな稽古が待っています。