起きたら午前中に沼津港に行こうとも思っていたら、今日三島駅のホームにいて 静岡の空気や景色を感じたら、富士宮市にいる祖母に逢いたくなりました。
自分の祖母は育ての親です。
自分も逢いたいが、 自分の息子に逢いたくないわけがありません。
年に一.二回しか顔を見せないのは、あんまりだったんで、 明日はちょっとでも 祖母に逢いに行きます。
子供の頃は祖母と一緒に寝ていました。
いつも祖母の所に行くと良く寝れるんで、お墓参りしている時間以外は祖母の布団で寝てしまう。
今の自分がいるのは祖母が、病気にならないように、学校にちゃんと行けるように 、そばにいてくれたから生きていられるんです。
子供の頃は当たり前でしたが、祖母の自分に対する気持ちを考えたら寂しがっていたに違いありません。
時々自分が出たTVや舞台映像や新聞や雑誌を持って行って見せてもあまり喜ばなかったのは、そんな気がする。
祖母は絵で見ても、自分の孫に見えていないのかもしれなかった。
祖母にお土産を買って来た時にも喜ばなかったから、そばに いると面倒をみてくれます。
たしかに前は宅急便でいろんなモノを送ってくれたが、今は離れているし、育てた息子に何かしてやりたいが出来ないから逢いに来た時は何かしてやりたかったんだと思う。
ムララがコメントしてくれたように、子供の頃は家に帰ると当たり前のように祖母がいて、いつも何かしてくれた。
祖母は今年で100歳。
自分はいつもより多く祖母に逢いに行きます。
沼津と富士宮は静岡県東部地域で近い。
沼津の帰りは祖母の所に行きます。
祖母の夫(祖父)は戦争に行き、周りから尊敬される偉大な人だった。
祖母は母の親です。
祖母からまだまだ聞きたい話があるなと思う。
子供の頃は、がっかりさせる事ばかりしていたから、今なら 話せる話もある。
だがおじさん夫婦の手前、暗くなる前にすぐ帰れと言われそうだが、おじさん達にばれないように行って、時間までいたいと思います。
静岡県の空気は自分を再生させてくれる。
まだまだあちこちで戦いますが、帰る場所を確認するのは悪い事ではない。
そんな気持ちを思い出させてくれた。
沼津のみんなに感謝です。
静岡県に入る前に聞いていた曲は、
中島みゆきさんの「ホームにて」です。
もう沼津にいるのが当たり前なくらい、 街に慣れたいし、 神闘歌の歌詞同様に「名も無き街から暗き世を照らして行きたいと思った」
今日お会いした人に、「また沼津でやる時は必ず行きます」って、声かけてもらった。
一人でも二人でもそんな人がいてくれて、かなり救われた。
祖母にそんな話が出来たらと思う。
中島みゆきさんが故郷の北海道でインタビューを受けた時、北海道について聞かれた時、
「私にとっては当たり前の空気だし別に特別な感想はない」
と答えた。
昨日は沼津港の丸天に行くと書いたけど、沼津にいたらそんな行為が何か気持ち悪くなったんで無理には行きません。
自分は静岡県から追い出されたわけではないし、今も住民票は静岡市民だし非常勤の仕事は静岡県内での勤めです。
東京にいて何か不自然だったのは、なりきろうとして失敗した事だ。
東京での戦いが日本全国に広がるにつれて、そんな意識が変わったのは当然の成り行きだ。
モードが多少変わるが、静岡のゆっくりとした時間の流れを感じると元に戻るのはしょうがない。
1番緩むと、どこでも誰に対しても静岡弁で話すのはあまり 不思議な事ではない 。
日本全国で人がたくさんいるのは、大都市だけで、ほとんどは駅前でも人が多くない。
自分はゴミゴミした所にいると、テンパって人とまともに話せない。
それは自分のせいではない。
しかしのんびりした地方都市で戦いながら活動している人達の気の張り様は、(戦う人達が集まる場所である東京で当たり前にある空気を)地元色を出しながらどんな人が来ても気持ち良く出来るように環境や人を整える努力をしている。
人が簡単に集まる東京で作る人間関係と、大都市では無い所で培う人間関係の深さは違う。
遠藤やカズやその他もいるが、それに派生して知りあった地元の人と深い絆が生まれるのは、大都市の距離感とは違う。
東京でも深い絆の仲間もいるし、批判しているわけではないが、たくさんの人と出会う割に仲良くなるのは何百分の1というのもわかる気がする。
みんな余裕がないんだと思う。
東京や名古屋や大阪 にいる人は少なからず、気持ちに余裕がない。
この社会に生きる人 にとってはもちろん必要だが、何か自分 が原点に返って来ている事だけは確かだ。
「あんな時代があったねと♪いつか話せる日がくるわ♪」
「だから今日は♪クヨクヨしないで♪今日の風に吹かれましょう♪」
中島みゆき「時代」
の歌詞
より。
反論がある人は行動で自分を納得させて下さい。
何かを引退しないと自分は自分でいられなくなりそうです。
自分がこれまでの人生で身についたモノと言えば、まさにそんな考えが生まれた事です。
どうぞ、笑って馬鹿にしてください。
あいつはダメだって 、否定してください。
もう不安でも怖くもありません。
「ネオンライトでは♪
燃やせない♪
故郷行きの乗車券♪」
中島みゆき作詞
「ホームにて」
より。
自分は死ぬ時になって後悔だけはしたくない。
これは全ての人に向けた自分のメッセージであります。
これは故郷にいてフラットな状態の自分が、特定な人の顔を思い浮かべて書いているわけではないんで、
勝手な深読みはお断りします。
さらに言うと、ここに書いている事が人を惑わせ傷つけるなら書くのもやめます。
自分は自分に関わる人の笑顔しか見たくありません。
どうか今後の動きを楽しみにしていてください。
今までここに書いた 不快な表現については、改めて検討します。
周りから余計な事を書きすぎだって言われているんで、少し冷静になります。
