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俺のルーツと今の気持ち

今日の祖父一周忌のブログ見た身内から幾つか指摘があり、書道家でもあった祖父の事 が少しわかりました。


雅号(作者名)は岳峰(がくほ)という 名前で、作品の下や筆箱に書いてあったみたいです。


(祖父と生前懇意にしていた人からの証言でした)


自分と祖父は61歳離れているぐらいだから、孫の代では誰も作品を書いている姿見た事無いのはわかりますが、自分は書道を人に教えていた
のも知らなかったです。
(本当に自分の事を語らない人でした)

勤め人の傍らに岳峰という名前で、アーティスト活動していた祖父の幻想は広がりました。


それと、祖父が戦時中所属していたのは 静岡の第34歩兵連隊 です。

(普通科連隊はシビリアンコントロールされた戦後での呼称でした)


祖父は家族や孫の代 の自分達の未来の為に、他国から国を守ってくれた人です。


先日中野でやった公演に駆け付けてくれた小中高と一緒だった桜井知巳が、20歳と21歳のグループに一人入ってやっていた自分の事を凄いパワーあるねって驚いていた。


桜井はずっと洋服屋で働いているし、クラブも行くし仲間にDJやMCがいるぐらいで音楽もヒップホップ
からレゲエから最新
のモノも知っている。
同級生の中でもノリや考え方が1番若い。

そんな桜井曰く、「オレが話せても25.6歳くらいの年代で、20歳前後の子っちは何考えているかわからないだよ」

って言っていた。


自分なんか今回は、一切の特別扱い抜きの参加だったから、
グループの一員でみんなと一緒に行動して同じ事やっていて、一つの作品を作るのは、かなり今までと違うパワーが必要だった事は確かだった。


今回の参加者達が所属する中野区江古田にある日本大学芸術学部の教室で、結構みんなと自主稽古していたしね。


ほとんどが日大の大学生3年生で、まさにあの環境で基本からもう一回やり直しだったかな?


でも今まで大学と無縁だった自分が、今年は春から東大や東京芸大や日大芸術学部の校内でインテリやエリートの人達と研究や勉強的な感じでやっていたのは、世間一般では凄い事かもしれなかったかな?。

でも人の素晴らしさは、そういう肩書きや権威だけでは計れないから一概には言えないけど、今の大学生や大学院の苦労や実態や人生を知る事が出来たのは、いろいろ 世の中や社会を知る上で自分にとっても良かった。

4月と10月11月と東京で学生とやった演劇公演は、チケットが完売
したし作品にも大いに貢献出来たから、両方の企画者や参加者にもいい影響もたらせて良かった。


前より自分から一生懸命切符を売ろうとする人少ないし、今本当にどこもお客さん入らないからね。

やっぱり日本全国いろんな場所で、いろんな人とやって来て地力がついたのと、 豊富な実戦経験からどんな 状態からでも立て直して、ある程度の内容は見せられる自信がついてきたのが良かった。

(ソロの自作自演の新作は本当にまだまだ未熟だけどね)


まぁ、学生だからとか若いとか一切偏見持たずに相手も一人のプロのとして見て、一人の人格を尊重して接しながらやり切ったから、次に行けるんだけどね。


とにかく桜井が、褒めてくれたり他にも感想を聞けて課題も出来たし、この一年演劇の公演で自分がやった事が報われた気がした。


もちろん弱ったり悩んだ時、支えてくれたり受け止めてくれた大切な仲間や、自分なんかと一緒にやってくれた全ての人のおかげです。

自分の相手をつとめてくれた人達も本当に辛かったと思います。


最後に前回の訂正です。


前回進の部屋に出てきた新しい登場人物の正しい表記はこれです。
親族(いとこの説明です)


「忠にいちゃん」は従兄。


「サキちゃん」は従妹。


「良太」は従弟。

祖父谷本淑二は「岳峰」という雅号を与えられた、偉大な書道家です。
(今の自分と同じく、作品のファンとか応援してくれる支持者がいたと思うし、若い頃はライブペイントみたいのやっていたのかな?展示会みたいなのもやっていたのかな?)


遺伝子(DNA)って、面白いね。

自分がグラフィティのクリエイターを最も尊敬しているのも、何か因果があるのかもね。

さあて次は来月浜松へ凱旋だ(今回の写真)。

静岡県の浜松市や磐田市は西部地方で昔は(遠州の国)で、(自分は中部地方で駿河の国)
(マイメン遠藤貴志達のいる東部地方は伊豆の国)


[遠州のからっ風]って強く冷たい風が吹く場所柄で、かなり冬場は寒い。
中部の人より西部の方が気性の荒い人が多い。


居酒屋[わたみん家]で浜松市で副店長をやり今静岡市で店長をやっている、同期の五味さん曰く静岡より浜松の方が酒飲んで暴れるが多いらしい。


確かに昔は浜松とか磐田はパンクスが一時期居酒屋で出入り禁止だったし、(高円寺とかも一時期そうだけど)権力にびびらない、気概はあるよね。


とにかく強い遠州のからっ風の影響で、静岡県西部の木や雑木林がみんな斜めに傾いているらしいしね。

上京して俳優になる前のちょうど17年前の年末に、今回やる浜松メスカリンドライブに行った時に、静岡市と体感気温が違いすぎてかなり冷たい記憶がある、東名高速使って浜松にアメ車のバイクで来て先輩が皮パンを二枚履いても冷たい風を防げないって言ってたな。


東部地方は富士山に近づくにつれて寒い。伊豆半島は暖かい。

静岡市は昔自分が冬場を厚手のパーカー の重ね着だけで過ごしたくらい常夏だ。


浜松行きは、まずはからっ風と気性の荒い人対策をしよう。


とにかくこれで終わっても本望なくらいなんで、12月26日に全てを賭けてやります。



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2009年11月18日 02:04に投稿されたエントリーのページです。

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