人が倒れていてもみんな知らん顔が普通だが(写真)、そこでギターを持ったモーターヘッドのレミー風の男が声をかける。
周りで見ていた欧米人の集団も近づいてみていた。
モーターヘッドは、彼を起こしながら外人に流暢な英語で説明。
しかし、倒れている人達が酔っ払いだ気づきそっから放置。
みんな冷たいなと思っていたら、終電の車内だから、大勢の警備員が来て慣れたように全員起こして車外へ運ぶ。
案外都会も無駄なくシステム化されていた。
重い荷物を抱え階段を登る人に横で見ていた人達に、地元のおやじさんらしき人が一言「助けるのも難しいし、本当にその気持ちが無いなら、さっさとそんな所にいないで、帰りなさい」
おばあちゃんに会いに静岡県の富士宮市
の実家に行った帰りに、おばあちゃんとの別れの際、泣きながら喪失感に浸りすぎてタクシーの中に携帯電話を忘れたのを降りてから気がつき動揺していたら…
すかさず周りにいた初対面の肉体労働者風の人が「どうしたんだよって」心配しながらよってきて、俺の携帯電話からかけてやるよって、探してくれたり他社の運転手も探してくれたり、しまいには富士宮市じゅうのタクシー会社全部に連絡が回った。(おかげで見つかりました)
俺が富士宮駅前で、オロオロしていただけで、
すぐに声をかけてくれた人達がいて感動したが、都会では関わらないのが常識で警備員や警察が後始末する。
でも、警察や専門の人達にばかり頼るのもやはりしょうがないが、 個人主義や民主主義 で自分は自分、他人は他人もいいが、もう少したとえ余裕なくても、自分を顧みず困った人を助ける気持ちは失って欲しくないね。
さて寝て起きたら4泊5日で、岡山、大阪、神戸、名古屋、各地の独立の手助けも含め、留学というか視察というか各地の東京より進んだ独自の文化の研修と実習をしてきます。
(岡山は遊学も含まれる。)
6年前から俺のしてきた事は、 先週の沼津、浜松、清水でも視察や留学も多く含まれている。
広島や島根や仙台でも感じたが、地方の方がしがらみの多いシステム化された関東より独自で高度な進化を遂げている所が出てきた。
実際、俺達が天下取って時代を変えられたら、
今は社会的に低く見られている本当の芸術教育や環境や表現をしてきている俺の同志の所が、国や行政が保護するクラシック音楽や、演劇は学問であり研究対象で大学や大学院や高校の教科や卒論にさえなっている。
国や自治体からたくさんの助成金で保護されていた一部のインテリ演劇や舞踏が、今の政府では事業仕分けがあり国会予算でくれた今までの助成金が大幅にカットされるみたいだから、根本から見直される時代になってきているね。
(俺もできれば、労力に見合う金は無よりはあった方がいいと思うし、いろんな意味で予算削減には反対の部分はあるけど)
今まではどこもかしこも小劇場の劇団や商業演劇でも、ある程度のクラスになり書類を上手く書いて申請すければ、文化庁や文化財団からの助成金を当たり前にもらえて表現を保護されながら大変な赤字にならず公演してきた。
政権交代してこの政府になって何かが問われるだろうね。
一部の演劇や古典芸能やクラシック音楽 家も助成金がカットされたら大変になると思うが、もともと多くの民衆に支持されなければ、当たり前に仕事やバイトしながら活動をやってきたそれ以外のアーティスト人達から言わせれば、国や大企業や行政に認められる為だけにやって来ていないし、1番のエリートが税金や助成金もらい芸術活動のみで生活してきたなんておかしい話しだと思う人達が出るのは当たり前だ。
(もちろん助成金をもらえるようになるに至る努力や労力は凄いモノがあったと思いますが)
とにかく、国や企業や行政に全く関わらず、D.I.Yで新しい世界を作っている島根、広島、岡山、兵庫、大阪、愛知、静岡、宮城、関東の一部の俺の同志と連携して技術革新や思想も持ってやっていく気持ちはこれからも変わらずにやっていきたい。
民主主義だから、諦めなきゃならない事が他にもあるだろうが。
俺は外見も内面もカッコイイのが1番という信念は、変わらずに行きたい。
全国各地で、イベント主催したり誰もやらない事やったり、常に新たな表現を求め戦っている人から、見たこと無いモノを見せられて刺激を受けるのと、熱い魂のエール交換が出来るのも旅の楽しみだ。
あさ西日本に出発です。
(写真二枚はふらりとよったヤマダ電気のガンダムフロアーにて撮影)


