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2010年03月 アーカイブ

2010年03月04日

ルーツ

「格闘技通信」という雑誌が休刊になる。

姉妹誌の「週刊プロレス」はまだ続くみたい。


音楽雑誌の「DOLL」は廃刊になった。


「実話時代」と「歴史街道」は健在。

格闘技通信、略して 格通は中学の途中から読んでいて、「パワー空手」と並び今までの自分の精神的な価値観を作ってくれた本である。


極真空手、UWF、キックボクシング、 SB、リングス、格闘技オリンピック、総合格闘技。


空手家で極真会館の黒澤浩樹選手や大道塾の市原選手の生き様に痺れた。

高二の時、横浜アリーナまでUWFを見に行ったな。


NEVER LOSEって名前の由来を
説明すると、

極真空手の第4回世界大会(1987年)の準々決勝での黒澤浩樹対ピータースミット(オランダ)戦が壮絶で凄くて、自分の生き方の模範になった。
(今見ても上がる)

そして後にK‐1で有名になる正道会館佐竹雅昭選手とピータスミットが戦った時、

当時絶縁状態だったフルコンタクト空手界では本家の極真会館と新興勢力の正道会館は試合が出来なかった。

試合後、黒澤と佐竹の両方と試合したピータースミットに記者がどちらが強かったか聞いた。

(メディアに大々的に取り上げられて、飛ぶ鳥を落とす勢いで名実ともに日本のエースだった佐竹。

ピータースミットはキックボクシングの世界チャンピオンのロブカーマンやムエタイ(タイ式ボクシング)のヘビー級強豪選手チャンプアゲッツンリットにも勝ち、階級が二つ上のモーリススミスともいい試合をした実力者。

黒澤浩樹選手は元全日本王者だが当時、冬の時代と言われるほど、やっても、やっても、不運な結末で、何年何年も優勝から遠ざかっていた。)

そしてスミットは記者の質問に答えた。

「もちろん黒澤だよ。
極真(キョクシン)にはネバールーズ(決して失わない)のスピリットがあるからね。」

その記事が載っていた格闘技通信を見て本当に嬉しくなり、言葉にならないぐらい感動した。

自分が25歳で独立し初めて集団(劇団)を立ち上げた時、ずっと大事にしてきた言葉であるNEVER LOSE(ネバールーズ)を名前につけた。


後に1991年の極真会館の全日本ウエイト制大会で、黒澤選手がリアル空手トーナメント(いろんな流派の代表が参加した)の第一回チャンピオンで正道会館の王者になった柳澤選手に直接対決で完勝する。

黒澤選手の感動ヒストリーは、他にもたくさんあり書き出すと止まらなくなるので、また後日書きます。


格闘技通信の休刊は残念だが、10代の時までは誌面と同時進行でいろんなモノが生まれて行った唯一の情報源であり、今でも自分の中にある格闘技通信に影響を受けた精神的な価値観は、ずっと無くなる事がないと思う。


今まさに、自分が関わってきたジャンルレスで実験的な運動は、新たな流れを必ずや生み出すだろうし、さ迷って来たアーティストや新しいジャンルを浸透させようとしてきたモノ達に必ずや光が当たる日が来るだろう。


かつての総合格闘技界の創世期や音楽でのアンダーグラウンドシーンやインディペンデント文化から世の中の価値観を変えるモノが出て来たように。


今まさに自分は、その時期を生きている。


もちろん自分の前には道は無かったし、自分がやらないとそこでこの道が終わってしまうのもわかっている。


NEVERLOSEから今に到るまで、長年かけてやってきた事は、決して無駄になっておらず、自分が先駆者である事は疑いようもない。


今の所、演劇界出身者でやっている人は自分以外いない。
(もともと自分はその枠だけに収まった活動はしていなかったけど)

次に出る4月17日の厳状打破のメンツを見ても明らかだ。


試行錯誤の時期はまだまだ続くが、一つのジャンルに止まらず、他流試合をまだまだ重ね、異文化交流をし、新たなスキルや精神性や姿勢を吸収し進化をすると共に、逆に自分から発信していくモノから何かをもらって
行って欲しい。

草の根運動だし、日本全国を回る旅芸人かもしれないが、大切にしてきた事を
ずっと守り抜いてきたからこそ自由に動き回れるんだと思う。

これから詳細を発表して行くんで楽しみにしていて下さい。


今日も一心不乱に集中してやりきった。


続けてきたから、体力が少しづつ上がって来ている。


コーチやバレリーナの背中を必死で追いかけている。

高校一年の時、静岡市の竜南にあった極真空手の道場の稽古に通う度に強くなって行くのを実感した。

自分の原点は、一心不乱に身体を動かす事。

どこまで、目標としている事に集中出来るか。

次回作の稽古も今週末から始まる。

一人で動いているからこそ、身につくモノや自由に出来る事もある。


もちろん弱気や後ろ向きな気持ちになっても誰も近くで背中を押す人がいない、自分の立てたスケジュールを一人だけでこなして行くだけ。

本番の日までは、ごくたまに人が来てくれる事はあるが、基本は一人での稽古で誰の目にもさらされないから、自分の気持ちと身体との闘いしかない。


人が見ているから手は抜けないなんて、
そんな道理はいらない。

気持ちもここに来てだいぶ出来てきた。

身体もまだまだ強くなる。


無駄な時間や経験って本当に無いと思う。


とにかく自分の信念によって導かれた道を一心不乱に進むだけである。


バンドと空手を始めた、あの高校一年生の時の自分のように。

2010年03月05日

フレンズ(友の近況)

今週日曜日、後楽園ホールでの藤井勝久の試合。

(詳しい内容や足りない部分は、専門サイトや、藤井勝久本人のブログ、ヤブキタカユキのブログにも載っています)


第10試合。
藤井勝久VS野地竜太


この試合のリングアナウンサーは、自分の昔からの友人であり(今も交流がある)芸人の、

お宮の松


(元北京ゲンジ、
オフィス北野)がつとめた。


相手の野地選手は、自分がかつて池袋にある極真空手の総本部道場に通っていた時の指導員だった人。


藤井勝久の入場曲はもちろん、

神闘歌の
「名も無き街」

伝統ある格闘技の聖地、後楽園ホールにSHINTO‐KAの言葉と音が鳴り響いた。

その日は、
藤井勝久応援団を結成(団長、私)して現地に乗り込んでいた。


離れた他の席にも藤井応援団が、多数集結していた。


(試合中自分はずっと大声で叫びすぎて、
何回か意識がもうろうとしていた。)


試合後、
メンバーである、
アキラ君、ヤブキ、ユウちゃん、リョウと店が終わるまで水道橋駅前で飲んだ。

それぞれが帰路に着き、

解散となり、一人になったが

やはり試合のショックと悔しさが尾を引き、その日の晩は本人の事も心配になり、一睡も出来なかった。


途中マイケルジャクソンの話題の映画「THIS IS IT」を初めて見てみたが、何も感動せず、もちろん頭にも入らず、途中で飽きた。


寝ずに次の日まで過ごしていたら、夜に岡山でソロアルバムのレコーディング中の神闘歌カズが藤井勝久を心配して連絡してくれた。

だがカズの広島県福山市時代からの大切な音楽仲間が、月曜日の未明に亡くなってしまったみたいで、カズも突然襲ってきた深い悲しみに、どうしていいのかわからない状態だった。


(カズの友人CHON君のご冥福を謹んでお祈りし
申し上げます。)


それから応援に行きたがっていたが残業で、間に合わなかった幼なじみの桜井からも連絡が来た。
(奴はアパレル業)

また同じ日曜日に、
再始動してから初めて地元の静岡県沼津市から埼玉県の熊谷市ヘ遠征し、ライブイベントに出演した、グーフィーズホリディの遠藤貴志からもベストを尽くせたと報告を受けた。
(遠藤も後楽園の藤井君の試合の事を気にしていた)

結局当日俺は緊急な用事が入り、それをすませた後に熊谷に行ったら後楽園に間に合わない事がわかり、今回の熊谷ライブは諦めた。

今月にも神奈川県の横須賀市は「ドブイタ通り」にあるライブハウス「カボチャ屋」でGOOFY’SHOLIDAYがライブやるからそれは行きたい。

そして、


やっと、


一日空けた火曜日の昼過ぎに自分の所に直接、藤井勝久から電話があり、
留守電に声が入っていた。

「オレは生きているから安心してくれ」

まず一安心だった。

それから夕方に折り返し連絡し軽く話す。

「落ち着いたら、進ちゃんの家の近くまで行くから、その時は相談とかいろんな深い話しを聞いてくれ、それからヤブキ君の家に鍋食いに行こう」

俺は「おぅ!とことんいろんな話ししようぜ!
待ってるよ!」
って言った。

みんなも、「どうなっても藤井勝久とは、これからもずっと仲間であるし、だから今はとにかくゆっくりじっくり休んで欲しい。」って言っていた。

みんなも言っていたが、
本人の心の中は本人にしかわからないし、この先を決めるのは最終的には本人の心かもしれないが、俺もみんなも藤井勝久をこれからも全力でフォローしていくだろう。

俺に至っては、いつも勝ちゃんに相談に乗ってもらったり、心配かけているから、少しは安心させる事をして喜ばせてあげたい。


今日は遠藤貴志と原宿に今週末に直営店をリニュアルオープさせる「JAM HOME
MADE」


(日本で3本指に入るようなアクセサリー、ジュエリーブランドのお店で、デザイナーの増井元紀さんとは、遠藤ともども昔からずっとつながっていて、今でも遊んだり飲んだりする仲間)


のお店へ御祝いに行き、招待していただいたレセプシュンパーティにも、参加してきます。


先週から今週にかけて友人達の素晴らしさを実感できた。

やはり、愛を大事にし、愛こそすべてといつも言っているだけあって、ヤブキタカユキの試合直後の藤井勝久に対する愛のある言葉には感動した。


ヤブキは、その日俺にもたくさん愛をくれた。


(タカちゃん、いつも心配かけてるけど、変わるところ見ててくれよ。)

アキラ君とも行き帰りも含め、いろいろな話しをした。

人生経験からか、一言一言説得力があった。
それから試合の応援の時の声は、めちゃくちゃ凄かった。
(当たり前か)

最後に、今回いろんな名前が出て来たが、普段自分を支えてくれている、こんな素晴らしい友人達を俺は一生大事にして付き合って行きたいと思っています。

人に迷惑ばかりかけず、やる時にはもっと計画性を持って、 事に臨んで行かなければいけないと思った。



2010年03月06日

第3ラウンド

寝て起きたら、ソロパフォーマンス第三章の幕が上がります。 これから度々神奈川県川崎市の近辺へ稽古で通う事になります。


あくまでも今の自分の個人的な感想だけど、


最近やった作品の中では、横浜の劇団のStudio`Saltさんの公演「SOMEDAY」でやった役が、 本来の自分の持っている人間性のいい部分とそっくりで、ソルトの作家の椎名さんはよくあそこまで忠実に正確に出来るなって思った。


話の内容もそうだげど、劇中の中で自分の特性をいくつも引き出して描いてくれていたなって、勝手に驚いしまった。

もちろんもちろん共演者のみなさんの協力や支えや雰囲気作りもかなりあった。

たまにサムディの時の事を思い出す。
(やっていて本当に楽しかった演劇作品でした。)

自分の出演する舞台を毎回見てくれる人の中では、サムディが1番良かったって言ってくれる人が多い。


岡山の神闘歌のカズもサムディのDVDを送ったら、 かなり面白くて二回見たって言っていたな。

今回は、サムディで体感した気持ちになれる作品になれたらいいなと思っています。
今はサムディみたいな気持ちを経験出来る作品が1番やりたい。

それぐらい忘れられない素敵な思い出として残ったんで、そんな作品の方向で、そんな役で、やれたら嬉しいです。

さぁ明日から新生活。


目の前の壁を打ち破り、どんな世界に出会い、どんなモノが新しく生まれるのか?


新天地で何が生まれるんだろう?

2010年03月07日

新天地

今日は東急大井町線という電車に乗りました。


池上線というのもある。


場所は東京都品川区という事になる。

自由が丘駅で乗り換えた。


馴染みがあまりないけど、ここのエリア
は渋谷が始発。


渋谷から南は、JRの駅しか馴染みがなかった。

今日一通りやり終えてみて感じた。


ついに次の扉が開いて、

新しい世界を肌で感じられた。


自力でこじ開けるしか思いつかなかったが、やっぱりやってみたら力がわきあがつてきて、途中からこれは行けるなって
確信に変わった。


今も自分の中の何かが、動き出している。


前々から、
いいかげん捨ててしまいたいモノがあった。


前々から消してしまわなければやっていけない想いもあった。

期せずして今日はっきりしたが、それが原動力の一つになった。

もう一つ、今まで忘れようとしたが無視出来ない感覚が甦えってきたから、あそこまで全力を挙げて持っていけたのかもしれない。

とにかくやっている時は、最初から最後まで尋常じゃない集中力だった。


最後はこれから真剣に関係を結びたい人に向けて、想いを放出した。


スタートラインに立てた。



2010年03月14日

横須賀中央にて

怒涛の如く一週間が 経過しました。


ただいま京急線に乗り神奈川県は横須賀市に向かっています。


今夜は横須賀はドブ板通りになるカボチャ屋っていうライブハウスでグーフィーズホリディがライブやります。

横須賀って言えば馴染みが深い場所。


初めて横須賀中央に来た日の事は今でも
強烈に覚えている。

自分の人生を再出発
させた場所。


母方は横須賀が本当の故郷。


思い出に浸りながら、次に向かいます。

今週から更に深く次回作の製作期間に入ります。


今週は東急東横線沿いに向かいます。
城南地区です。


モノ作りは、楽しい。

変な気負いも無くなっている。

今回の作品は、今の所、岡山県でしか見れません。

2010年03月15日

次回のソロパフォーマンスと、貯まった不満。

イベント名

『厳状打破』

神闘歌 Kaznostic front

solo Album


『BRUTAL BLUES』


発売記念GIG!!


2010/4/17(土)

20時START!


@PEPPER LAND(OKAYAMA)


神闘歌(Kaznostic front &DJ剣波)


SUSUMU TANIMOTO


DJ FLASH PISTON


DJ 識


nensow


梵愚REZORT


and more!?


TICKET adv/1500
DORR/2000


info/ krcity-boyz-p.d-l-v-a.act.of-k@docomo.ne.jp


私の本業はアーティストでありまして、
22年もやっております。


ステージに立っている時と普段の姿は、もちろん全然違います。


だから、本番の前後 は自分でも落ち込むぐらい繊細で挙動不審な状態になります。


一回の本番が終わって2日か3日は、入ったモードからは抜けられません。


本番の次の日は、明らかにおかしい人です。

自分でも予想出来ないんですが、些細な事への反応や言動が強烈にあります。

最低でも本番の三日ぐらい前から、異常に繊細な 神経や体質になり、心もガラスになります。


もともと自分は生まれつき感受性が強すぎるんですが、普段の受ける強さの何十倍もの衝撃です。


特にメールは、受け取る相手の顔やその人が今どんな状態かも、お構いなしなんで、
過去本番前の自分に
送られて来たメール
で、大変しんどい思いを何回もしました。

これはどうやったら克服出来るのか?


答えが出て、それが出来たら毎回苦労しないんです。

メールを見ないとか電話に出ないとか、音を遮断するとか、 人と接触せず話さないとか、いろいろあります。

ソロになって、そうはいかない時もあります。

が、普段もメールは伝達の必要のある時以外は極力しないんです。

もちろん自分からは、重い内容なんて絶対に送りません。

だいたいお分かりだと思いますが、感受性の強度が上がっている時期に、いくらメールの文章の内容程度でも、過敏に反応してしまうんで、激励以外の用件はなるべく控えていただくとありがたいです。

あと、人に頼み事をする時、メールのみっていうのは極力やめましょう。

自分は直接会って頼むか、最悪でも電話で話します。


自分は、テレビゲームは中学生前後しかしてなくて、テレビゲームをやる習慣が全くないんです。

そんな感じで、
様々なネット社会で、人とメールのみのやり取りをする習慣も正直ないんです。

もちろん、仕事などの事務的なやり取りをPC等でやるのは絶対に必要なんで、親友が指摘してくれたようにこれから出来るだけ有効活用して行きたいと思っています。

が、昔からメル友が一人もいない自分から言わせてもらうと、みんな昔より行動力が落ち過ぎている。

足で動き回るのを、
面倒がっている。

自らショックを受けない様に、メールでの薄いやり取りだけに留めている。

それぞれいろんな事情があるのは重々わかっている、景気や将来の不安や生活設計もあるだろう、
休みたいのもわかる。

でも、どうせやったって無理だとか、ここまでしか出来ないとか、ここ止まりとか、そんな情報社会に犯されたような答えは捨てて欲しい。


自分は、自分のルールでしか言えてないかもしれないが、

最近の諦めきった人や人生達観したような人や気力も薄れた人を肌で感じて言わざろうえなかった。


行きたくても今は行けない人はともかくとして、

脳みそだけ進化して、
身体が退化してもつまらないんで、

自分はまだまだ世の中や社会の価値観や常識や仕組みやシステムを打ち破る人で在りづけようと
思っています。


(もちろん今まで通り自分の方法で)

(ここ最近はみなさんの思う世の中や世間には出ていませんが)

今週も、それを年頭においてやって行こうと思います。

今日のライブは何度も泣きそうになるのを堪えるのがやっとでした。

本当に感動しました。

グーフィーズホリディ遠藤貴志の信念とたゆまぬ努力に、敬意を表します。

写真は横須賀ネイビーバーガー。



2010年03月20日

シャア・アズナブル(機動戦士ガンダム)

フィギュアの世界も進化を遂げております。


TVでやっていた「機動戦士ガンダム」のアニメでは、子供の頃から断トツでシャアが乗るモビルスーツが好きでした。

「赤い彗星」っていうシャアのあだ名もインパクトがあって、ガンダムの主人公はガンダムのパイロットになるアムロ・レイだが、敵役のシャアに憧れた。

とにかく格好良かった。

というかシャアのいるジオン軍は、戦力的にガンダムのいる地球連邦軍に比べかなり劣っているのに、闘いを諦めず、執拗に連邦軍に向かって行く姿も良かった。


男は、例え相手が巨大な組織でも真正面から立ち向かって行くべきである。

初めから無理とか、 やる意味が無いとか、打算的な計算をしたりセコい後ろ向きな考えを巡らすのは良くない。

変な立ち振る舞いも、見苦しい。


シャアの様に、何度も何度も諦めずに相手に向かって行くべきだ。
(おのれとの戦いでもある)

反体制はやはりいい。


自分は、これからそういう事を肝に銘じる為にシャアの格好をしてみた。


正しくは、シャアになってみた。


もっと言えば、シャアに似た自分のフィギュアをバンダイに作ってもらった。

そして、先日手に入れた「エヴァンゲリヲン」のアスカラングレーのフィギュアとついに合体する事が出来た。

明かりの弱さや携帯電話のカメラのため多少ピントはずれていますが、
私の素顔を知っている人は、どれだけ 本物に近いか想像してみて下さい。

今回は、私が人生で生まれて初めて人形になった姿を、日頃の感謝を込めてみなさんに贈ります。

これは「SUSUMU`TANIMOTOの自分魂というやつです。」

2010年03月22日

見えてきた

(写真3)シャアの反応があったんで今回も登場。

昨日は、新作のミーティングでした。


もうすぐリハーサル段階に入ります。

明後日になったら、 いろいろ発表できそうです。


少しづつ状況も変わって来ました。


精神面もだいぶ落ち着いてきました。

昨日は、岡山県からTILL`EWINGが都内の早稲田にライブしに来ていたんで、ミーティングが終わってから顔を出しました。

ちょうどライブが終わった辺りに到着したんで、見れず残念だったけど打ち上げにも参加して、みんなと久しぶりに話しが出来た。


ティルユーイングとは足掛け6年で6.7回ぐらい共演しているし、ギターのトチオとはかなり親密の間柄だから、
東京での再会もまた
感慨深かった。

結局、終電を逃した
俺は、トチオの運転で家の近くまで送ってもらった。


岡山から東京まで急いでも9時間以上かかるみたいで、深夜岡山を出発して、都内に着いてリハーサルをして本番。

彼らのライブはとにかく激しい。


速さも半端無い。

しかもライブハウスは地下に2階あり、人が密集していたんで、ステージの上はかなりの酸欠状態だったみたいで、
ライターの火も着かないくらい空気が薄かったのに、あれだけの激しい動きをしたんだから、かなり体力消耗したはずなのにいろいろ話し相手になってくれて申し訳なかった。


それと、ティルユーイングの運転手で、自分が次回出演する「厳状打破」を運営しているシニック19のオギ君も岡山から来ていて、熱いトークが出来た。


みんなお疲れの所ありがとね!!


まだまだ書きたい事はたくさんあるが、
今日は終了です。


次回の報告も楽しみにしていて下さい。

そんな感じで、肉体的にはまだまだなんで体調管理に努めます。

2010年03月23日

絶不調

一昨日から寒気がしてきて、熱が出てきたかと思ったら身体中が痛くて動けなくなってしまった。


とにかく寝ていれば治るみたいだけど、
一年に一度は風邪を引いている事になる。


風邪を引かない人もいるみたいだが。

この絶望感は、いつも嫌になる。

かなり前から予兆はあったが、
熱で体中が痛くて喉も痛くて困ったもんだ。

ほかの人が風邪を引いているという事を聞くと、「それは大変そうだな」と他人事の様にしているが、いざ自分がなったら、いつこの症状から抜け出せるのかわからない不安感は正直きついと思う。

一週間治らなかった人もいれば入院した人もいる。

このだるさは困る。


去年は夏の終わり頃だったから、身体が動いて汗を出せた。


一昨年は1月で、ヨガとか風呂で汗を出した。

喉がこんなに痛いのは、なかなか無い。


睡眠不足から免疫力や抵抗力が下がり栄養不足も良くなかった。


身体に悪い事していた事は確かだ。


しかし、風邪とは無縁だと思っていたが、夜更かししたり、食事が片寄るとどこかでそのつけが来る。

一人者は、こういう時に無力だね。


一人暮らしで一人者はこういう時に、思い知らされるな。


風邪を早く治す方法を知っている情け深い人がいたら、教えて下さい。



2010年03月25日

やだなぁーやだなぁー何かやだなぁって思っていたら…

いろんな人から風邪を早く治す方法のアドバイスをいろいろしていただき、実践してみたら、二日目には見事に熱は下がって行きました。

何より、気持ちが1番嬉しかったです。

本当にありがとうございました。

新作のリハーサルを 高山さんと合同で一緒にやる予定だったんで、 予定が会う日が、今週明日の一回しか無かったんで休むわけにはいかなかったんで、この回復力の速さには驚きました。

これから何度も頻繁に風邪を引くわけには行きませんが、対処法を幾つか教えていただいて気持ちが楽になりました。

今回の事に関しては、心配してくれたり 、素早くアドバイスをくれた人に、体調が完全になおったらきちんとお礼がしたいと思っています。

ですが、今日耳の定期検診で行っている耳鼻咽喉科で先生に、何かいつもよりも痛いと思っていた喉を診てもらったら、


「あぁ!!!!!」


って大声で言われて、


扁桃腺が炎症を起こして腫れていると説明され。


薬飲んで大人しくしていた方がいい。


来週また見せて下さい。


今回風邪で熱が出た時に、喉があまりにも痛くて、今まで扁桃腺が腫れるなんて事が無かったから、「やだなぁー何かやだなぁー」って稲川淳二みたいに気になっていたら案の定、場所が場所なだけにまだ安静にしていないといけないんで、
もう少し足踏み状態です。

「厳状打破」まで残り3週間、明日からスパートをかけたかったけど、 少しスローペースになりますが、気持ちの充実をはかって行きます。

4月17日「厳状打破」のイベント当日のタイムスケジュールが出ました。


さっき聞きましたが、
これは、楽しみになりますね。


いい順番です。

まずは、
もう少し静養します。



2010年03月29日

決意

春なのに♪

お別れですか?


って、中島みゆきさん作詞・作曲で柏原芳恵さんが歌っていた曲が浮かんで来るこの時期。
(小学校6年の卒業式の日に教室で歌いましたね)

何とか出来たかもしれない。

今なら間に合うかもしれない。

忘れられるわけがない。

もう一度戻りたい。

いや戻れるかもしれない。

きっと……だろう。


自分だって少しぐらい、いい思い(恩恵)をしたっていいだろう。

それはそれで、そこにいれば楽しい事もあるだろう。

試練も与えてもらえて、育ててもらえるだろう。

そこそこ美味しい思いも出来るだろう。


別れの季節だから、余計に感じる事もあるでしょうね。


他力本願とかも出てくるでしょうね。

自分は、この道を歩むに当たってそんな感傷や甘えはいらないと思っています。

「さよならは♪

次の出会いの♪

為にある♪

それを忘れないで♪

って、ヤブキタカユキ(PATHFINDER期に)作詞・作曲の曲がありますね。」

もう一つ。

「自分にとって不本意なら、そこに安住するな。

って、AKIRA(ALL LIVING THINGS時代)の作詞・作曲の曲がありましたね。」

この二つは、最近常に言い聞かせて行動している言葉です。

痛めた喉の調子はいま一つですが………

ついに、

来月17日にやる新作の全貌が見えてきました。

もう実戦の稽古をしています。


こっからもの凄く早く進みます。

そうです。

新しい一歩を歩み始め、新しい景色も見え始めています。

振り返らず、先へ先へ進んで行きたい。


まだやりようによっては何とかなったような事が、あったような無かったような。

それも、タイミングという時の悪戯がそれをさせてくれなかったんでしょう。


でも、大なり小なり何かの糧になったと思います。


しかし、風邪の予防策をいろいろ教えてくれたり心配してくれた、みなさんの心意気は今でも温かく残っています。


今度風邪をひいた人がいたら、自分がこの好意を繋いで行きます。


損得抜きで、熱くなれる人は(当たり前だけど)本物の熱い人です。

これは間違いないと思いました。


さて、前回のソロパフォーマンスは2009年12月26日でした。

あの日1番何が凄かったって言えば、リハーサル中の空気やバックステージの様子。


(名前出せない)あの人達やあのレジェンドの姿勢や生き様や人間性が見れた事。

あの日より、自分の
姿勢も変わって来た。


そして次も、前回に負けないパワーのある出演者達がラインナップされた。


昨日なにげに見ていたNHKのトップランナーって番組で、 女優で同じ歳の「寺島しのぶ」さんが特集されていた。


正直、見ていたら燃えてくるモノがあった。


実際肌で感じてみないとわからないが、 (自分は自分のペースで行くけど)今の寺島さんから修羅場をくぐった人間の自信と力強さを感じられた。
(番組上で作られた部分を抜いても)

自分も、もっとやんなきゃって思った。

残り3週間。やっと手に入れた貴重な時間。


巡ってきた機会。

言い訳や能書きは通用しないしね。


次回作は、一人で全部やろうとした前作 の教訓を生かしました。

4月17日の当日岡山市内のペパーランドには、市内のみならず岡山県外からの応援団も続々増えている模様です。


今日は、太極拳を都合4回演舞して、とコーチ二人とバレリーナと腹筋と背筋をして終わりました。
(コーチはいつも、一緒にやりましょうって声をかけてくれる)

もう一人のコーチ(女子)は、ダンサーみたくバレエも専門だったらしく、バレリーナと技術的な意見交換を熱く交わしていました。

そういえば端から見て今日は、比較的バレリーナのテンションがいつもより高めだったな。

今週も体育館のみなさん、高山広さん、よろしくお願いします。

昨晩(土曜日)にお江戸は目黒で見た高山広さんのソロライブ(一人芝居)は、上演時間2時間の間に何度か引き込まれた。


引き込まれるって、 ああいう状態を言うんだってぐらい見事に、すうっと持ってい行かれましたね。

理屈じゃ説明出来ない次元に、あの方は いるんで、謙虚に、一つでも多く吸収してモノに出来ればと思う。


何せオリジナル作品は600以上、一人芝居歴22年で、毎月数回のバーライブを八年間同じ場所で続けている鉄人です。


まさに師匠を前にして、ジャッキーチェンやキルビルや キン肉マンの心境です。

ちなみに体育館で太極拳を教わったり、筋トレを一緒にやって下さっているコーチは、何と元、
空挺レンジャー(陸上ではこの国で最強の兵士)なのです。

今教わっている二人の師匠は、40代の半ばを過ぎているのに恐ろしいぐらいの体力と芸術的な体型と腹筋をされています。

このような人生の先輩の背中を見つつ、

本当に、
家族や友達や陰ひなたなく応援してくれている人達に、いつも生かさせてもらっているって思う今日この頃です。

いまだ独身男ですが、この渡世でやって行こうと思います。


よろしくお願いします。


次回出演は、

『厳状打破GIG』


神闘歌 Kaznostic front
solo Album『BRUTAL BLUES』発売記念GIG!!

2010/4/17(土) 20時START!


@PEPPER LAND(岡山市)

神闘歌(Kaznostic front &DJ剣波)


SUSUMU TANIMOTO

DJ FLASH PISTON


DJ 識


nensow


梵愚REZORT

and more!?

TICKET adv/1500
DORR/2000




2010年03月30日

ある出来事を思い出した

さっき家の前のローソンで、定員にエヴァンゲリオンのマヤのフィギュアより凄いモノが存在するって、

今度それを一等賞にして、くじ引きしたらって言って持ちかけて、

例のシャア(俺モデル)を持って行ったら、定員がいきなり大爆笑で、

この静寂に包まれた、気温0度になるかっていう凍り付きそうな住宅街が、
体格の良い深夜のコンビニ定員の豪快な笑い声で一気に温なり、
夜明け前で眠っていた人達を起こし、
住民から安眠妨害で訴えられそうな勢いだった。(写真)


そうだ、今日はある事を忘れぬうちに書いておこうと思います。

今日、新作の練習中に。

去年の11月末に静岡県の清水駅前で体感した、ある昔のツレ(友達)との偶然の再会からの一連の出来事をふと思い出した。

これは、いつまでも忘れては行けない気持ちだって、忘れてたまるかって、気がつくと忘れそうになった自分もいたり、


自分を呼び戻してくれた夜だったり、

自分の原点だったり、

人生の楽しみでもあったり、

そんな、今晩、ふと思い出した気持ちを、胸に刻み、まだまだやっていきます。


今年は11月ぐらいに、わがまち静岡市のシンボル駿府城、

の内堀の中で開催が予定されている野外イベントのお誘いを受けた所です。
(話を詰めるのはこれから)


もちろん具体的に正式決定したら、派手に凱旋を果たしたい。

願わくば、神闘歌とか今まで色んな所で一緒にやってきた仲間も静岡に連れて行きたいし、小学校や中学、高校、果ては幼稚園から20歳すぎまでの静岡時代の友人から、出戻った30歳前後に知り合った人達まで、

いろんな人達に見てもらいたいと思っています。

まぁ、もし実現したらの話しですけど、 今なら素直にそう言えます。


そんな次回作になりそうです。

それに静岡県内の沼津市や浜松市での経験も多いに繋がりました。


(沼津はまた近いうちに行きそうだけど

静岡市葵区七間町で営業していたパワーホールがまた復活したら、前みたいに単独ライブもやってみたい。


(マスターの尚ちゃんも元気でした)

そんな感じで、ついつい真面目になりすぎる偏った自分を省みつつ、


ひつこいようだけど、どんな環境でやろうが、どんな人達とやろうが、どんな立場でいようが、どんな表現をしようが、
どんな扱いを受けようが、


自分にとってそこにクラス分けは必要無いって思った。


特に気持ちの面ではね。

恥ずかしいかもしれないけど、根本は一生変わらないと思う。

とにかくやっと動きだしたんだ。

カウンターパンチを食らわせて、やりますよ。


そうだ!浜松の山下和伸!!


空手二段の試験は受かったのか?

2010年03月31日

叶えたい夢

今日はリハを早めに切り上げて、渋谷エッグマンにて沼津のミスアンダースタンドのレコ発ライブを見に行った。


東京なのに、ここは沼津か?ってぐらい 静岡県東部で見かけるメンツや静岡県出身者がサポーターとして駆け付けていた。
(もちろん身内ノリだけにはなっていなかったけど)


東京の大学とかで培った人間関係では無くて、ホットした。


出ているバンドも熱く、メインのミスアンまでをいい流れで繋いでいた。


平日の夜にも関わらずのあの盛り上がりは、続けてきたメンバーや関係者の人間力の成せる技だと感じた。


ツアーファイナルは5/30に沼津WAVEで、今日ももちろん来ていたマイメン遠ちゃん率いるグーフィーズホリディや三島のトラストブラスト、静岡県は裾野市や御殿場市出身のファーマーズとかも出るみたい。

とりあえず、見届けた数々の一連の流れは終わり。


今度のライブは、出演者でだな。

さて、次はいよいよ 岡山。


自分が出るK´FRONTのレコ発(リリースパーティ)だ。

これに全てをかけたい。


明日は、高山さんと
マンツーマンのリハーサル。


岡山は、第二の人生がスタートした場所。
また、始まりを感じに行きたい。


また、新たな動きを始めさせてみたい。

急に見たくなって、
中島みゆきさんの「夜会」の映像を見たり、スタジオライブ見たり、またストイックモードにギアを入れた。
(心の師匠です)

そして神闘歌の昨年秋の厳状打破の岡山県倉敷市の種松山の野外ライブの映像を見る。


あの時は、神闘歌、オレ、フラッシュピストンの順番だったが、今度は逆になりそうだ。


あの時、俺に声をかけてくれた人が、やっと声かけれたって、初めて面と向かって話しが出来るって言って、嬉しくて嬉し泣きをしてくれて、俺ずっとその人の事忘れられなくて、
現実から逃げそうになる時とか、あの人にまだ新作見せてないなって心の支えになったりしたんだ、
もし来月の厳状打破で会えたら、前は何も話せなかったんで、もっとしっかり話をしたいなって思っています。

今日の締めは、やはり
アントニオ猪木対TPGや予備校生や
バンバンビガロや橋本と蝶野の映像を見て、また笑った。

長州力が反選手会同盟や蝶野と天山と揉める映像(1994年頃の)が、あってまた笑った。

昔の新日本ブロレスの話だけで、一晩中 酒を飲めるね。

熱すぎるだろうってぐらい目茶苦茶で、自分もまたあんな事やりたくなった。


真鍋アナとの大仁田劇場も最高だしね。

あとは、マサ斎藤がいろんな選手にインタビューするやつや 、ザグレートサスケが 、金本との試合のあと、あまりの怒りから頭がキレすぎちゃておかしな事ばっかりずっと言っているやつが見たい。

自分もあの次元に行ってみたい。

そういえば、ラブサイケデリコの直樹が 鶴瓶のトーク番組で、昔も今もプロレスが大好きって言ってたみたいで、前はイメージが悪いとかで規制されて言えなかったみたいだったけど、中学の時は柔道部の部活練習が始まる前は必ず直樹とプロレスやっていて、部活終わってからまたやっていたな。


そのTVの情報を教えてくれたのは、今でも仲がいいんだけど、中学も同じ部活で、また同じバンドのメンバーだったワタこと渡辺貴之で、やつともしょっちゅうプロレスやっていたね。

中学の時は、明けても暮れても直樹とは新日本プロレスの話しばかりしていたな。
(今は全日も好きみたいだけどね)


お互い東京に出るまで、近所で会ったらすぐにプロレスの話をしたり、今も年に数回ごくたまに話す時はやっぱりプロレスの話しをするね。

あと、

小学生の時一緒のクラスでいつも教室でプロレスやったり町内会でソフトボールやっていた友達で、俺の実家から5軒隣りに住んでいたMAKOTO IZUMITANIは、現在はロス在住で世界的なドラマーになり、浜崎あゆみさんとかのレコーディングに参加したり、先日彼のHPの写真を見たら、ロスでラブサイケデリコのドラムを叩いていて、直樹と真ちゃんが一緒の写真に収まっていて、両方とも静岡市の谷津山のふもとの自分ん家の近所に住んでいて、成長した二人の顔を見たら凄く嬉しかった。

やっぱり!
次出て行くのは、俺だよ!!

次わぁ!

俺なんですよぉぉぉー!!(炎上)


俺は今までやってきたこの道で、大成する夢は諦めていないんです。

これでプロとして、 家族を養えるぐらい稼ぎたいと思っていますよ。

親孝行出来るぐらいの収入を得たいよ。

今日の練習頑張るぞ!!

次回の新作で勝負かけたいね。


朝も稽古、昼も稽古、夜は愛する景子って同じ歳の貴乃花親方が言っていたな。

また同じ歳の寺島しのぶさんともいずれ共演したいな。

4年前の春にテレビで偶然見ていたミスチルの人がやっているAP
BANK
フェス06に、出演していた
BENNIE Kを見て、こいつらスゲーってかなりファンになって意識していたら、その年の年末になんと同じイベントに出て一緒のステージに立ったんだよな。


その年の春に偶然みたテレビの話を本人達に出来て記念撮影もしてもらったんだよな。
(見にくいけど、その証拠写真と4万人いた会場の様子)

夢は諦めないで、今日も
挑戦だ!

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