(詳しい内容や足りない部分は、専門サイトや、藤井勝久本人のブログ、ヤブキタカユキのブログにも載っています)
第10試合。
藤井勝久VS野地竜太
。
この試合のリングアナウンサーは、自分の昔からの友人であり(今も交流がある)芸人の、
お宮の松
(元北京ゲンジ、
オフィス北野)がつとめた。
相手の野地選手は、自分がかつて池袋にある極真空手の総本部道場に通っていた時の指導員だった人。
藤井勝久の入場曲はもちろん、
神闘歌の
「名も無き街」
、
伝統ある格闘技の聖地、後楽園ホールにSHINTO‐KAの言葉と音が鳴り響いた。
その日は、
藤井勝久応援団を結成(団長、私)して現地に乗り込んでいた。
離れた他の席にも藤井応援団が、多数集結していた。
(試合中自分はずっと大声で叫びすぎて、
何回か意識がもうろうとしていた。)
試合後、
メンバーである、
アキラ君、ヤブキ、ユウちゃん、リョウと店が終わるまで水道橋駅前で飲んだ。
それぞれが帰路に着き、
解散となり、一人になったが
、
やはり試合のショックと悔しさが尾を引き、その日の晩は本人の事も心配になり、一睡も出来なかった。
途中マイケルジャクソンの話題の映画「THIS IS IT」を初めて見てみたが、何も感動せず、もちろん頭にも入らず、途中で飽きた。
寝ずに次の日まで過ごしていたら、夜に岡山でソロアルバムのレコーディング中の神闘歌カズが藤井勝久を心配して連絡してくれた。
だがカズの広島県福山市時代からの大切な音楽仲間が、月曜日の未明に亡くなってしまったみたいで、カズも突然襲ってきた深い悲しみに、どうしていいのかわからない状態だった。
(カズの友人CHON君のご冥福を謹んでお祈りし
申し上げます。)
それから応援に行きたがっていたが残業で、間に合わなかった幼なじみの桜井からも連絡が来た。
(奴はアパレル業)
また同じ日曜日に、
再始動してから初めて地元の静岡県沼津市から埼玉県の熊谷市ヘ遠征し、ライブイベントに出演した、グーフィーズホリディの遠藤貴志からもベストを尽くせたと報告を受けた。
(遠藤も後楽園の藤井君の試合の事を気にしていた)
結局当日俺は緊急な用事が入り、それをすませた後に熊谷に行ったら後楽園に間に合わない事がわかり、今回の熊谷ライブは諦めた。
今月にも神奈川県の横須賀市は「ドブイタ通り」にあるライブハウス「カボチャ屋」でGOOFY’SHOLIDAYがライブやるからそれは行きたい。
そして、
やっと、
一日空けた火曜日の昼過ぎに自分の所に直接、藤井勝久から電話があり、
留守電に声が入っていた。
「オレは生きているから安心してくれ」
まず一安心だった。
それから夕方に折り返し連絡し軽く話す。
「落ち着いたら、進ちゃんの家の近くまで行くから、その時は相談とかいろんな深い話しを聞いてくれ、それからヤブキ君の家に鍋食いに行こう」
俺は「おぅ!とことんいろんな話ししようぜ!
待ってるよ!」
って言った。
みんなも、「どうなっても藤井勝久とは、これからもずっと仲間であるし、だから今はとにかくゆっくりじっくり休んで欲しい。」って言っていた。
みんなも言っていたが、
本人の心の中は本人にしかわからないし、この先を決めるのは最終的には本人の心かもしれないが、俺もみんなも藤井勝久をこれからも全力でフォローしていくだろう。
俺に至っては、いつも勝ちゃんに相談に乗ってもらったり、心配かけているから、少しは安心させる事をして喜ばせてあげたい。
今日は遠藤貴志と原宿に今週末に直営店をリニュアルオープさせる「JAM HOME
MADE」
(日本で3本指に入るようなアクセサリー、ジュエリーブランドのお店で、デザイナーの増井元紀さんとは、遠藤ともども昔からずっとつながっていて、今でも遊んだり飲んだりする仲間)
のお店へ御祝いに行き、招待していただいたレセプシュンパーティにも、参加してきます。
先週から今週にかけて友人達の素晴らしさを実感できた。
やはり、愛を大事にし、愛こそすべてといつも言っているだけあって、ヤブキタカユキの試合直後の藤井勝久に対する愛のある言葉には感動した。
ヤブキは、その日俺にもたくさん愛をくれた。
(タカちゃん、いつも心配かけてるけど、変わるところ見ててくれよ。)
アキラ君とも行き帰りも含め、いろいろな話しをした。
人生経験からか、一言一言説得力があった。
それから試合の応援の時の声は、めちゃくちゃ凄かった。
(当たり前か)
最後に、今回いろんな名前が出て来たが、普段自分を支えてくれている、こんな素晴らしい友人達を俺は一生大事にして付き合って行きたいと思っています。
人に迷惑ばかりかけず、やる時にはもっと計画性を持って、 事に臨んで行かなければいけないと思った。
