今でも実感が、わかないですが小学校からの同級生で同じ町内の野中ひろのぶ(通称トンコ.とんじぃ)が、一昨日天国へ旅立ったみたいです。
野中ひろのぶ君の
ご冥福をお祈り申し上げます。
まだ詳しいいきさつは、全然わかりません。
高校生ぐらいまでしか記憶にないけど、確か一般的な職業についていたと思う。
このご時世、堅気の仕事や平凡と言われる人生だって何が起こるかわからない。
急な病気になる年齢でもある。
自分が知っているあいつは、もの凄く善人で優しく、人に迷惑をかけるやつではなかった。
昔の同級生ともちょくちょく話しをするから、転校して18歳でアメリカに渡ったまこちゃんぐらい思い切った事をするならともかく、実家もまだお互い近所だし、そういう凄く突拍子もない噂は、入って来なかった。
でも町内であいつと仲良かったのは、誰かいたっけかなと思う。
俺だと、たいがい同じ小学校と中学校なら、自分の持っているネットワークの範囲はかなり広いから、8割りぐらいは消息が掴める。
かつての初恋の人や中学生の時好きだっけど転校した人の消息が掴めたように……
そういえば最近小学校の同級会をやる度に人数が増えていって、同じクラスのやつの消息はほぼ判明し、自分が住んでいた町内(自分の管轄)の同級生は、野中だけ今何しているかわからなかったな。
中村一郎と石上もわからないけど、かつての実家がもう空き地になっているから捜すのは難しい。
さっき近所幼なじみの長谷川、水野、原川には連絡した。
野中の実家はまだあったから、誰かが強引に訪ねていずれ再会するんだと思っていた。
(あいつの親がビートル乗っていたり確かミキプルーンを売っていた。)
でも近年、消息が謎でそういう地元勢と社交的な雰囲気が伝わってこなかったから、 簡単に呼びずらかったと思う。
みんな短いボウズ頭で水泳部だったりは覚えていた。
もちろんネットとかで昔の同級生と繋がる方法をやつは取らなかったと思うし。
こんな別れの知らせを受けて自分自身、正直もの凄く落ち込でいる。
やつの事を自分が確実に覚えているのは、小学校の6年の時、子供会のソフトボールチームで、うちの町内は人数が多かったのもあるが、オレと野中と松浦だけ二軍でレギュラーでは無くBチームだった。
年下も一軍が結構いたし、あの多感な時期は6年生で身体も大きいのにBチームで試合に出ていると、正直情けないし、恥ずかしすぎる。
まして小学校の学区内で、6年生で二軍にいたのは俺と松浦と野中ぐらい。
(体格や力が一学年でかなりの差がある時にである)
小学校に行って、学校で下級生に示しがつかないの何のって、偉そうにしててもBチームってだってだけで馬鹿にされて、言うこと聞かないし、小学校では、スポーツ出来ない事はかなりの死活問題だったな。
だから試合の時、他の小学校の相手チームのヤジで 、「6年生で二軍かよって言われて」俺は 完全に試合中にも関わらず一回ダメになって選手交代させられた事があって、家でも母親に泣きながら
、辛いって訴えた事があった。
それは、自分がヘタだったからしょうがないけど。
感情を表に出し我慢出来ない甘えん坊の俺に比べて、野中は(確か妹さんがいた)お兄さんという感じで物静かで冷静に努めていた、そういう時にも何度か、じっと俺の横で静かにプレーをしてくれていた。
芯は強かったよな。
小学校最後の年の静岡市の子供会ソフトボール大会は、学区内で二つのブロックに分けてリーグ戦をやり、両方の一位と決勝戦をやるんだけど、
もちろんAチームと別のブロックで我等
Bチームは出場した。
確か、最後の試合。
相手チームと引き分けで最終回まで行った、接戦だった。
まだBチームは、勝ち星を上げていなかった。
そして最終回九回裏ツーアウト俺がヒットを打ち、一打サヨナラのランナーの俺が執念で三塁まで進塁、
そして勝利を決める打席には野中(トンジィ)が立った。
相手チームも二軍に負けるわけには行かないから、必死で押さえようとする。
俺は初勝利目前で三塁から叫ぶ、
「 野中(トンコ)絶対打てよ!!
俺が何としてもホームインするから!!」
周りの応援も、野中を応援する。
相手投手も打たせまいと必死で速く難しい球を投げる。
これまでずっとBチームで耐えてきた俺と野中の気持ちは、一緒だった。
そう小学校最後の大会だし、一回でも勝ち星を上げたかった。
引き分けよりは勝ちが欲しかった。
あの物静かな野中が、燃えていた。
もちろん野中にアイコンタクトをしたら、あいつも答えてくれた。
ピッチャーは、その日1番の速球を投げた、野中はタイミングが合わず手を出せない。
また速球。
野中は力で打つタイプではなかったから、どうするのかわからなかった。
俺がホームベースを踏めば初勝利だ。
いつでも突っ込む態勢で、俺はリードを大きめにしていた。
そして三球目。
あんな速く難しいボールに向かっていく野中って見た事ないぐらい、力強くバットを振った。
カキーンって音が響いた。
力に押されつつも気持ちでボールにくらいつき球を前に飛ばした。
だが少し真芯からズレたんだろう。
俺はホームに突っ込んだ。
しかし、無情にも野中の打った打球は、無情にも内野フライ。
ゲームセット試合終了。
俺は、帽子を地面に叩きつけた。
別に野中のせいだけで、負けたわけではないから、あそこまで感情的に帽子をやらなくてもと今になっては思う。
が、その時の野中の様子は忘れる事は出来ないな。
野中も!!
ああいう経験がバネになって、今度の人生に生かせたと思う。
俺なんかそんな事の積み重ねで、今やっている事にたどり着いたんだから。
順風満帆だったら、きっと違う人生歩いていただろね。
野中も平凡そうに見えた人生から、俺と二軍のBチームで経験したような事をいくつも経験し、俺と一緒でずっとそういう事から成長しつつ、地元の人に言えないオリジナルの人生を歩んだなら納得が言った。
地元の小学校中学校の同級生の関係者のみなさん、また続報を教えて下さい。
今の所はお通やには、行けませんが、万が一予定が変わり静岡に行けたらすっ飛んで行きます。
天寿を全うした。
野中に、
合掌。