ここ数年で、全国各地の劇場やライブハウスやクラブ他、さまざまな主催者のイベントや公演に出演したり体験してきた自分の感想を書きたい。
最初は、川崎での記憶を記録として記しておくためのわたくしの主観バリバリの 体験記です。
共演した団体について、
(主催者が、参加してと声かけたんで恨みは無いですが)
演劇イベントはやっぱりそれぐらいの〇〇なレベルが集まるのが最近では普通なのかな?
わからないが、
私も演劇やっていた時、一度はメジャーリーグにいたんで、
たまにはちょっと辛口になります。
(今の私の価値観は、別にありますが)
イベント参加団体は、
学園祭のサークルな雰囲気が強いタイプ。
会場内やバックステージでもそんな空気 が、いたる所で。
ここは大学の学食の
中なのかな?
って去年いくつかの公演で経験した私の嫌な思い出が蘇えった。
学生を相手にするのはいつも苦戦する、背伸びするから合わせるのは、なかなか難しい。
あと、高校や大学の部活やサークルで演劇をやっていた人で、ブランクあったが復活したタイプ。
(何気に持っているスキルは高い)。
もしくは、20代半ば から後半までサラリーマンをしていて、脱サラして始めたタイプ。
(世を捨てたから、
大手の会社の声優養成学校や芸能事務所の養成所に入ろうとしている人達よりも、緊張感や悩みや葛藤が少ない。)
(結構そんなタイプは、やはり社交的で腰が低い。平気で笑顔を作り嘘を言える。目は笑っていない。)
あと公務員が、劇団や演劇の俳優やスタッフ をやるタイプ。
これが何気に多い。
市町村や県や区が持っているパブリック
な劇場や、文化財団が運営している劇場もある。
公務員がスタッフとして劇場を運営している(天下りの人も多い、結構冷たい)。
静岡市や名古屋市や川崎市や横浜市とかでもそのタイプの演劇人が結構いた。
(そういう行政施設と上手くやるのが、これからの活動の鍵を握っていると思っている人達も多い。
)
(要は人と人だから、そういう器用な要領の良さも必要か?)
行政の職員から、劇団にのめり込んで就職先を辞めてバイト生活しながら活動しているタイプ。
音楽やっている人でも転職組はたくさんいるが、
東京だけでは無く、今のご時世、
地方でも多い。
(公演やライブの度に借金が増えていくのである。)
国の事業仕分けで、行政からの芸術文化の助成金が減らされたが、まだこれが大きな 運営資金になっている劇団も多い。
あと、最近聞くのがNPO法人。
絵や音楽や演劇など芸術系の組織や集団には、NPO法人でやっている人も結構いるみたい。
何か非営利団体とか いうんだろうか。
行政から金を助成してもらるのかな?
川崎の実情も理解しつつ、あの施設をホームにしている人達の過剰な身内ノリも気になった。
私はぶっちゃけ傷の舐め合いは、したくない。
自分以外の参加団体や身内の客がアットホーム過ぎて、しかも二日目の真相は謎だが自分の出演前にイベントが一時間以上の休憩。
初日もそうだが、二日目は、俺の出る前に一度会場の
雰囲気が緊張感ゼロのマイナスのゆるすぎる感じに。
知り合いのお客も、
びっくりして外で本を読んでいた状況に。
出演団体はバンドもいたが、クオリティが微妙だった。
斬新をうたうイベントでも一応客商売なんだから、あまりにもクオリティのレベルが低い人達ばかりでは客が見ていて退屈する。
(経営方針が、それもOKならわかるけど)
演劇は、もう世間では認知され確立されたジャンルだ。
自分で名刺を作って、俳優〇〇〇とか劇団主宰とか制作とか
誰でも名乗って名刺交換が出来る。
私は主宰で活動してい時は持っていたが、ソロになってから
名刺は捨てた。
だから、趣味でやっている人でも、金払ってノルマ払えばいい施設に出れる。
そこは照明や音響やその他の設備が高い機材使ってモノがいいから、
コネクションが少しあれば、舞台に上がれば中身よりも数段良く見える。
かえって金さえ払えば、劇場主催でゲスト講師を招いてのワークショップに参加して、顔も広がるし知り合いも増える。
講師は、それが仕事になる。
名古屋や静岡や神奈川でも、そうやって活動している人達が主流。
関西や中国地方も多分多いと思う。
東京は広すぎて、いろんな人達がいてわかりずらいが、東京都も演劇に関しては他の地域の行政と同じに思う。
主催者の対応も、常に上から接してくる。
役所の人は堅物だからカチンと来る態度や言動も多い。
自分らが使ってやっているという雰囲気。
私のようなタイプは、とっくに淘汰されたのか、なかなか同じ臭いの奴には逢わない。
官の行政事業での舞台演劇もだいぶ知ったが、以前は民の商業演劇やプロダクションの会社の方にも いたから、官と民の 両方味わった。
とにかく、芸術の方は行政、大衆の方は民間企業。
出演者の力量や内容(ソフト面)よりも宣伝や制作(ハード面)
に力を入れている所の方が、優位な気がする。
動かしているのは有名大学を出ているインテリが多い。
自分がネバールーズの主宰として演劇界を変えようと革新的な試みをたくさんしたが、今思えば織田信長的な感じだったから、難しい所もあったんだと思う。
それに、一時期は民の方のマスコミや芸能の人達と繋がり、 中盤から後半は官の人達が知らない内に周りいて一緒にやっていた。
でも、
でも、
そんな時勢や 権力に翻弄されながらも、
結局谷本進の根っこは、谷本進の核心は昔から変わっていない。
久しぶりに企画主催する「進ナイト」をやれるのが、何かこれからの自分の明るい方向を指している
ように感じている。
そんな感じで、自分の勝手な主観で、持論を述べだが、
演劇界を渡り歩いて来た自分を振り返ると気がつくのは、
川崎でもそうだったが、
参加して、舞台の上で表現をやっている人達は生き生きしているし、
イベントが終わる時の会場の空気は、良かった。
みんな日頃のストレスから解放されて、 達成感や仲間との充実した時間を過ごした連帯感に満ちていた。
実は、私もある程度は気を使ってもらっていたし、やれない状況ではなかった。
一人で何役も仕事をやるのに、慣れていなかっただけかもしれない。
自分は、もっと技を磨いて、経験積んでより多くの人を感動させるモノを提供したいし、もっと自分の名前で人を集めたい。
多分こういう事をしているほとんどの人は、自分の資質でそれをやろうとしている全ての人に共通している。
仲間の為にやるのは、現場で支え合っている人も、裏方や経営者も何とか良かれと思ってやろうとしている。
自分の性格は人が良く優しすぎる所があるから、邪魔なら叩き潰していい相手がいてもそこまでやらない。
(しかし、人として間違っている事をされたら誰に対しても注意はするつもりし、うやむやにはしないけど。)
しかもプロ意識が出てきたから、どんな環境でも周りのそれを理由にしないでベストを尽くす。
自分が始めた頃は、出る杭が打たれる、もっともっと弱肉強食な世界だった。
今は許容量が増えたのか、本番前以外はマイナス要素を受け止め られる度量がある。
誘ってくれた主催者にも、場を与えてもらい結局は感謝をしているし、そして実は他人の生き方をとやかく言う筋合いや資格は無い。
だから、直前まで舞台上でぶちまけようと思った事もいざ出てみたら、どうでも良くなった。
とにかく、パフォーマンスで自分を全て語ろうと思った。
自分が認める人達もみんなそうだし、 どっしり構えてもっと大きな広い心になる方がカッコイイ。
それを再確認できた。
先日の川崎しかり今まで一緒にやった全ての人達に対し、自分を成長させてくれた事に凄く感謝をしている。
また、いつか一緒にやれればと思う。
今回は、途中下車してみていろいろ振り返る事で客観視でき、また苦手意識も原因がわかった。
えらく長文になったが、また川崎で経験した嬉しい再会や月日の流れについても書きたい。
死ぬほど頭から離れ無かったあの人の事も今や、忘れる事が多くそんなに気にならなくなった。
あらゆるネガティブやマイナスの要素を、
プラスに変えて行けなくては、一流な表現者ではない。
私もまだ未熟者。
あとは、やるだけだ。
でもやっばり、
彼女ぐらい欲しいな。
終わり。